惚れたとか 信じるつもり などなくて 眼逸らさず 見極めるまで

 鏡に映る己の姿を確認し、インカローズは「ほう」と感嘆の息を吐いた。
如何いかがですか? 陛下」
「とても素晴らしくてよ」
 それは僥倖ぎょうこうにございます、といつものように直接視線は交わさないまま、すらりと長身の麗人れいじんが満足気にうなずく。落ち着いたハスキーボイスは耳に優しく、立居振舞たちいふるまいは勿論もちろん、装いまでもが洗練されているルベライトは、女王のお気に入りの衣装師だった。
「それで、検討はしてくれたのかしら」
「誠に恐れ多いことにございます」
 あら残念、と女王インカローズは笑う。そろそろ王配を望む大臣たちの圧が強く、ルベライトをその座に据えようと何度もこうして誘うものの、一度たりともなびいてくれたことはない。公私をきっちりと分けるその態度が好ましいものだから、女王もついつい笑って許してしまうが……側に控えている女官たちからすれば、あまりにも不敬なこと。自然、このやりとりの後は、女官たちの視線がきつくなる。
 周囲からの無言の圧を感じつつ、ルベライトは胸中で嘆息した。ルベライトにも、受けるわけにはいかない理由があった。普段から男装しているから、勘違かんちがいされたのだろうか。女性である彼女では、女王に子孫を残して差し上げられないのだ。さて、それをどう伝えれば、丸く収まるのだろう。絶対、側近の誰かには経歴を確認されているはずだし、その際に性別のことも当然調べがついているはずだと思うのは、少々期待のし過ぎであったか。
「そう言えばね、ルベライト」
 不意に、インカローズが声のトーンを落とした。
 まるで、とっておきの内緒話をするかのような調子で、女王はささやく。
「わたくしね、養子をむかえるつもりでいるのよ」
 ルベライトはギョッとして片付けの手を止めた。いきなり、陛下は何を言い出したのか。
「うふふ、そんな顔しなくても」
 ちらりとぬすみ見たインカローズの横顔は、言い知れぬかげを含んでいた。その表情を全く声の調子には出さず、むしろ声だけを聞けば楽しげに、彼女が口にしたのは未だ決まらぬ王配への希望。
「目立ってくれなくて良いわ。でも、我が王室も人手不足であることだし。わたくしだって、たまには一日、公務のない日が欲しいのよね。そこを手伝ってもらえるなら、本当にありがたい限りよ」
 陛下、といぶかしむルベライトの眉間みけんに、疑念のしわが寄っている。
「考えてくれる気になった? ……そうね、式典までは未だ時間があるわね」
 パンパンと女王が手をたたくと、女官たちは一礼して退室し、式務卿しきむきょうが分厚い紙束を手に入室する。
 嫌な予感しかしない状況ではあったが、退室を許されていないルベライトとしては黙って成り行きを見ているしかない。
「陛下のカルテと、明日の会議で採決される予定の法にございます」
 いきなり国家機密に巻き込まれ、絶句する衣装師の手に、式務卿しきむきょうは容赦なく紙束をにぎらせた。
「同性婚の制定と……えっ⁉︎ 陛下⁉︎」
「どうせ子を成せないのならば、誰を王配に望んでもわたくしの自由よ。わたくしは、あなたが良いの」
 インカローズの表情は本気で、ルベライトは自分が逃げられないことをさとった。