とんだ厄日ね、とカーネリアンは舌打ちした。口が悪いですよ、と咎めてくる筈の副団長の姿は、傍らにはいない。いたとして、彼女の舌打ちを聞き取れたかどうかも怪しかった。風はゴウと轟き、見たこともない獣の唸り声が更に耳をつんざくばかり。
襲い来る爪を、一歩下がって紙一重で避ける。背中に、微かな温もりが伝わった。追っていた筈の、というか、ついさっきまで戦っていた筈の相手だが、今となっては事情を知り得る唯一の存在だ。非常に業腹でも、カーネリアンには彼女を死なせるという選択肢も取れない。厄介なこと、この上なかった。
カーネリアンの温もりを背中に感じたアゲートもまた、ひっそりと嘆息した。楽な仕事ではないだろうと覚悟していたが、よもやここまでこじらせるとは。このような状況でなければ、いやこのような最悪の状況だからこそ、思考が現実逃避に走り出しそうだ。
「まだ生きてますね⁉︎」
カーネリアンの声で、アゲートは我に返った。
「まさかアンタに心配されるとはねぇ……!」
お互いに怒鳴らないと、間近にいるのに声も届かない。
「国宝を返してもらうまでは、生きていてもらわないと困りますからね!」
「はんっ! これが国宝だって⁉︎ アンタらに返せ、だって……⁉︎ 寝言は寝てから言うもんだよ!」
ビュウ、と風が哭いた。自分の胸中のようだと、アゲートは他人事のように思った。
炎のように明るい朱色だったその宝玉は、アゲートの大切な卵だった。けれども、欲深い人間たちに拐われ、厄災を肩代わりするのに使われ、いつしか黒く濁り、逆に邪気を吐き出すようになってしまった。
アゲートが娘の在処をようやっと探し当てた時には、事態は最早どうしようもなく手遅れで、彼女にできそうなことといえば娘を人間から引き離し、共に眠りについて怨みを癒すことくらい。それすらも、当然ながら人間からも逃げた先の先住民からも抵抗され、そればかりか当の娘にも反発される始末。
(もう、アタイにできることは、ないのかもねぇ……)
気を張っているのも疲れたし、気をつかうのも馬鹿らしくなってきたし、いっそ、全てを投げ出してしまいたい。アゲートの瞳から、輝きが失われた。
右腕を獣の牙に貫かれながらも、カーネリアンは振り返った。猛吹雪の中、互いに互いを意識していた。その相手が、あっという間に白銀に埋もれていく。
咄嗟に何も言えなかったのは、相手の名前すら知らなかったから。お互いに名乗ることもしない関係だったことに、今更気付く。
更にカーネリアンを驚かせたのは、今の今まで襲いかかってきていた獣たちの行動。何かに怯えるかのように、獣たちは一斉に逃げ出した。
「もうオワリ?」
あどけない声が、する。幼い少女が、カーネリアンのマントの裾を、掴んでいる。
「キシダンチョーのオネーサン。オネーサンなら、ワタシをダイジにしてくれる?」
ますます激しく吹雪いているのに、その声は、よく響いた。
「オネーサン、ウデ、ケガしてるネ」
少女の白目は真っ黒に濁っていて、ニタリと釣り上がった口角が不気味極まりない。
「カーネリアン!」
呼び声に飛び起きて、カーネリアンは、自分が気絶していたことを知った。咄嗟に見下ろした右腕は灼け付くような熱を帯び、朱と漆黒の鱗に覆われていた。
もしや、あの宝玉は……。思い至っても、後の祭り。アゲートの娘が母共々憑いた右腕は、戦力と助言とをもたらす代償に、カーネリアンに贖罪の責を負わせた。
キャラクター紹介
【カーネリアン】
臆病な気持ちや迷いを退け、勇気や力強さ、積極性を与えてくれます。
勝利を手に入れる石とも言われます。
とある人間の国の女性騎士団長。
アゲートの母娘に憑かれた右腕は、果たして浄化できるのでしょうか。
【(ファイア)アゲート】
エネルギーを活性化させる石とも、邪悪を跳ね返す石とも呼ばれます。
どうやら二種類の石を指すようです。
母の方は赤い瑪瑙をイメージ、娘は茶色の瑪瑙内部に虹の輝きがある方。
赤い方の鱗模様から、竜人設定です。