ちらりと護送車に視線を投げかけ、タイガーアイは嘆息した。今回の仕事は、少々きな臭かった。
黒い噂の絶えない研究都市に向かって、箱入り娘の護送とは、これ如何に。
流石にうら若き女性の護衛を全て男性で構成するわけにもいかないだろうと、傭兵ギルドに注文がつけられ、たまたまその街に滞在中で腕の立つ女傭兵だったタイガーアイに、白羽の矢が立てられたという訳だ。
箱入り娘……確か、アンバー嬢と言ったか。幸いにも彼女は非常に大人しい性格のようで、休憩中も護送車から出てこない。食事さえも護送車の中で摂る徹底ぶりだ。見た目こそ綺麗に着飾られてはいるが、果たして彼女は本当に箱入り娘として高貴な暮らしをしてきたのだろうか。それにしては、質素な扱いに慣れすぎてはいないか。
考えがますます胡散臭くなり、タイガーアイは首を振って視線を行手の道に戻した。余計な邪推や詮索など、傭兵には無用の長物だ。払われた報酬の分だけ、きっちりと仕事をする。それが、長く傭兵稼業を続けるコツだと、先輩には口酸っぱく言われたものだ。
カタリと、窓枠の音がする。アンバー嬢は確かにほとんど出てこないが、窓の外を眺めるのが好きなようで、たまに視線が合うことも、あった。その度に瞳を輝かせる少女は、その意味では箱入りには間違いない。しかし、今日の彼女は少々焦っているようにも見えた。何度も何度も外の様子を窺っている。それはまるで、
「敵襲だ!」
この襲撃を、予想していたかのように。
機械人形たちは金属の手足を振り回し、灼熱の光線を吐く。一対一でも楽に勝てる相手ではないのに、今日はそれが十数体も、群れて出た。
誰かが大きく舌打ちしたが、タイガーアイにはその気持ちがよく分かった。これは、死を覚悟しなければならないレベルの襲撃だ。
「やっていられませんわ!」
背後で、口うるさくアンバーとの接触を拒んできた侍女の声がする。足音からして、逃げ出したのだろう。逃げ切られるものなのかは、わからないが。
ふと、気付く。この後に及んで、アンバー嬢が護送車から顔を出そうともしない。襲撃を予想していた風であるにもかかわらず、だ。
「失礼するよ」
嫌な予感に、扉を開ける。果たして、アンバー嬢はそこにいた。床から伸びる鎖が、ドレスの下に消えている。裾は血で汚れており、つまりそれは彼女がそういう趣味でないことを示していた。
「わたくしには構わず、逃げてくださいまし。でも、もし、お手間でなければ、この石をサーバントたちに投げてくださいまし」
宝石のように輝いているわけではないが、その石は蜂蜜のようなトロリとした色で、不覚にも美味しそうだと、タイガーアイは思った。
ガタガタと車の外で音がして、いよいよ修羅場であることを示していた。
「遠くに投げた方が良いのか⁉︎」
「それは、お任せいたしますわ」
やぶれかぶれで、タイガーアイは腕を振りかぶる。
投げられた石は、絶大な効果を発揮した。機械人形たちが、一斉に石を追ったのだ。
「いつまでも主人を求める……可哀想な子たち」
「アンバー嬢は何を知っている?」
うっかり聞いてしまった結果として逃避行が始まることを、タイガーアイは、未だ知らない。
キャラクター紹介
【タイガーアイ】
洞察力や決断力を養い最良の決断へ導く仕事運・金運の石。
願望実現を助けてくれますが、多忙になるかも?
虎目石という和名も含め名の響きがカッコ良かったので、傭兵に。
そう、彼女の物語はこれからが本番。
【アンバー】
体の余剰になり滞ったエネルギーの流れを整えてくれる石です。
植物の樹液が化石となることで生まれます。
実は古代の非人道的実験の被験者。
暴走している古代兵器を鎮められる一方、現代事情は分かりません。