「レッピー、レピドライト! まぁた、空なんか見上げて!」
夢見がちな表情で天を仰いでいた、緋鯉のような鱗を持つ人魚の少女が、友の声に反応して気まずそうな顔になった。
「ご、ごめんよぅ……。何かあった?」
「何かも何も、そんなに日長石の君を眺めていたら、目を潰されてしまうよ。なのに、レッピーったら、性懲りもなく!」
「だ、だってぇ……」
半べそになりながらも、レピドライトはチラチラと陽の光が射す水面に気を取られ、いよいよ処置なしとばかりに他の人魚たちは泳ぎ去ってしまった。
「日長石の君、とっても麗しいんだもん……。キラキラしていて、お強くて、あたし、目が離せないよ」
でも、と緋鯉の下半身を持つ少女は、誰もいないからこそ、うっとりと、嘯いた。
「あの煌めきをこの腕に抱けたら、どれだけあったかいんだろうって、思っちゃう」
この世をあまねく照らし出す女神、日長石の君に手を出すなんて、不敬極まりない発想だ。けれどもレピドライトは、その輝きに完全に魅入られていた。近付きたい、あわよくばこの腕に抱きたいと、希うほどに。
とは言うものの、レピドライトはしがない人魚の一尾に過ぎず、当然、棲家である水中から天空に飛び出せる、はずもなかった。そのまま、想いを封印できれば、他の人魚たちに混じって平穏に暮らしていけただろう。
しかし、彼女の想いは強すぎた。一族の繁栄の為に集団でお見合いが開催されると決まったその日のうちに、レピドライトは誰にも何も告げず、淡水人魚の群から姿を消した。
「あんなぼんやりなんて、いてもいなくても同じじゃね?」
青年人魚たちが笑う中、レピドライトと比較的仲の良かった少女人魚たちは、顔を見合わせていた。
「ねぇ、まさかね?」
「いくらレッピーでも、無理だよね?」
そのまさかで、レピドライトは最後に一目、日長石の君に逢いたいと、全力で川を遡っていた。日長石の君は空高くにおわしますれど、川を上れば或いはその源流で、空に届くかもしれない。世界を知らぬ人魚の少女の考えを、誰が否定できようか。
やがてゴウゴウと轟く瀧の音。頭上高くから叩きつけてくる水圧に、流石の彼女も一瞬怯んだ。それでも溢れる気持ちが止められなくて、レピドライトは瀧登りに挑む。果敢にも、挑み続ける。
白魚のようだった両腕は、鱗の如き緋色に染まり、元から赤かった緋鯉の下半身も、鱗が剥がれ落ちてなお、鮮やかな赤さを主張した。ひたすらに日長石の君に焦がれる、ひたむきな想いに突き動かされて。
やがて、レピドライトは気付いた。体の痛みを感じなくなっていることに。
「いよいよ、あたしも終わりかなぁ……。それならせめて、日長石の君を、この目に焼き付けながら、」
その先の言葉は、続かなかった。眼前に広がる青は、水の色ではなくて、空の色。そして、夢にまで見た日長石の君の長い御髪が、伸ばした手の中に、あった。
「日長石の君!」
緋色の鱗の龍が、日長石の君を抱きしめた。
それ以来、太陽の周りには紅炎が見られるのだという。
キャラクター紹介
【レピドライト(インクォーツ)】
変革の石とも呼ばれ、人生の転機に力を貸してくれるとされています。
鱗雲母という和名も持ちます。
鱗を持ち、変革するイメージから、容易に登龍門が連想されました。
太陽に焦がれたあまり、滝登り。
【サンストーン】
勝利の石の代表格。
太陽のパワーを引き出せる石として古くから信仰を集めてきました。
太陽の石の一つとして、物語世界の天照大神的な役割を担うことに。
台詞の余地はありませんでした。