幻さ だって出会いは 前の世の 君の姿を 僕の隣に

 ラリマーが、その絵を見たのは偶然だった。通学電車の中の、吊り広告。
 ポカンと顎が落ちたが、仕方のないことだろう。内容は、とある画家の個展が開催されていること。問題は、描かれていた、女性の姿。
(ボクはこの女の人を、知っている……?)
 かといって、思い出そうとしても、何も思い浮かばない。なのに、酷く、懐かしい。あまりのもどかしさに、思わず、いつも抱えているイルカのぬいぐるみをぎゅっと、抱きしめた。水色のイルカは、むぎゅっと柔らかく変形する。
(次の週末は……まだ、やっているみたい)
 駅に着いて電車から降りても、女性の姿はラリマーの脳裏にしっかりと焼き付き、なかなか消えてはくれなかった。
 はたしてその週末、ラリマーの姿は、ラブラドライトの個展を開催している画廊の中にあった。
 展示されている絵を見て回るも、全て、同一の女性が描かれている。それはもう、狂おしいまでの情熱で。とある絵では柔らかく微笑み、別の絵では凛とした顔を見せ。けれど同じ人物であると、ラリマーにはわかった。
「君、随分と熱心に見ているね」
 唐突に声をかけられ、ラリマーは「ヒョエ!」と飛び上がった。慌てて振り向くと、灰色の髪を長く伸ばした青年が、困ったように眉尻を下げ、ラリマーを見ている。
「驚かせてしまったようで、すまない。あまりにじっと見ているようだったから」
「あ、ご、ごめんなさい⁉︎」
「謝る必要はない。……悪いと言っているわけじゃないさ」
 あれ、と、ラリマーは思う。青年の困ったような表情も、そうなのだが。
(どこか、懐かしい……)
 それはもう、描かれた女性以上に、この青年の雰囲気の方が懐かしい。今まで一度たりとも会ったことがないと、断言できるのに。
 ぶっきらぼうな言葉遣いで誤解されがちだけれど、本当は優しくて。女性にしてはやや低めの、落ち着いた声を聞くのが好きだった。火山の魔王に仕えていた、彼女は灰被りの……
「おい、君。大丈夫か?」
 追憶に浸ったあまり、意識がぼんやりとしていたらしい。気が付けばラリマーは、青年に両肩を掴まれており、間近で彼の瞳が一瞬蒼光を帯びたのを見た。抱きしめていた水色のイルカは、いつの間にか床に落ちてしまっている。けれどもラリマーには、もっと大事なことがあった。
「貴方が、この絵を描いたんですか?」
 青年は、鼻白んだ。
「……そうだとして、どうした」
「誰を、描いているんですか……ラブラドライト」
 名前を言い当てられ、青年、ラブラドライトはラリマーに鋭い視線を投げかけた。けれど、ラリマーも、視線を逸らさない。
「あの港町の気弱な神官娘が、そんなに気になっていたんですか?」
「聖女様のことを、悪く言うな!」
「だって結ばれないからって、貴方のことをおいていっちゃったじゃないですか‼︎」
 ラブラドライトは一瞬、落ちた水色のイルカに視線を走らせ、息を呑む。その彼に、ラリマーは抱きついた。
「同性婚ができる時代に生まれ変われて、良かった……」
「まったく、二人揃って今世は男とか……考えることが同じすぎだろう」