月明かり 照らし出すのは 水底の ゆらりと揺れた 泡沫の夢

 その夜は雲一つなく晴れており、月明かりが冴え冴えと、樹海の奥深くに座する、深い緑色の沼まで届いていた。沼の色は、あまりに緑っぽいものだから、周りを囲む樹々の色に紛れてしまっている。とろりと濁る水も相まって、そこにあるのが沼だということも判りづらい有様。朽ちた樹が、半ばで折れて倒れ込んでいる様相も、また痛々しい。
 ふと、倒木の上に少年のような人影が見えた。少年は倒木に腰掛け、深夜の月見と洒落込んでいたようだったが、不意にギョッとした様子で、その姿を消した。
「もし、そこのオノコ」
 ふわり、文字通り天から舞い降りたのは、月光をそのまま集めた白銀色の髪を長く伸ばした眉目秀麗な優男。月長石ムーンストーンの君と呼ばれる彼は、先程まで少年の腰掛けていた倒木に降り立つと、沼を覗き込んだ。
 白銀色の長い髪が、深緑色の水面に触れる。と、サアッと沼の底にまで、柔らかな月光が差し込んだ。隠れていた少年の姿が、うっすらと見て取れる。彼はおずおずと浮上して、沼から顔を出した。
「ボ、ボクに何か……?」
「汝が、ずっと吾のことを見上げているのが、どうにも気になるのだ」
「え、えっと」
 少年がしどろもどろな調子で月長石に答えたのは、あまりに美しい姿だったから、見惚れていたとのこと。
「その割には汝は、決して吾に近づこうとはせぬな?」
 月長石が一歩近づくと、少年は怖気ついたように二歩、下がった。
「そ、そんな畏れ多いこと……。綺麗なものは、綺麗なままに、しておきたくて」
 月長石は、眉をひそめた。
「汝が吾を汚せるとでも思うてか」
 淡く輝く衣装の裾を翻し、倒木から更に沼に踏み出そうとする月長石に、とうとう少年は悲鳴を上げた。
「近付かないで‼︎ ここは毒沼だよ、月長石の君!」
 少年の両頬を両手で挟み、月長石はうっそりと笑った。
「そんなこと、あるものか」
 ただでさえ大きな瞳を、こぼれ落ちそうなほど大きく見開く少年の額に、口付ける。そこには、瞳のような、不思議な文様が浮かび上がっていた。
「ここの毒は、汝が全て、浄化しただろう。マラカイト」
 大粒の涙をポロポロとこぼす少年、マラカイトは、けれど月長石の手から逃れると、イヤイヤをするように首を横に振った。
「そこまでわかっているのに、ボクに触っちゃ駄目なのも、わからないの……?」
 月長石の白銀の髪が、どんどん月光にばらけて短くなっていく。その柔らかな光は全て、夜な夜な月を見上げて眠ることのなかった、健気な少年のために。
「ふふ、吾を甘く見ないことだな」
 改めてマラカイトを抱え上げると、月長石は歌い出す。かつて、樹海ができる前の古い古い、子守唄を。
「ずるいよ、月長石の君……」
 ぐずる少年が泣き疲れて眠るのを確認した月長石は、改めて彼を抱きかかえたまま、倒木に腰を下ろした。
 それまで浮かべていた慈愛の笑みを消し去り、透かし見た沼の底。毒を撒き散らす元凶に、冷たい視線を向ける。口の端をそっと引き上げ、彼は宣戦布告した。
「辞世の句は、もう詠めただろう? 吾は、手加減はせぬぞ」