春先・翌週末・お昼前

 先週末のリベンジをするべく、見慣れぬ街に降り立った。今日はちゃんと、靴ズレしないよう、草履にしてきた。
 そもそも袴を止めればいいのに、と友だちには言われたが、今日の予定上和服にしたかったし、袴が動きやすくて好きなのだ。特に階段の昇降で裾を踏む可能性があるので、行き先の情報不明の時には袴が良い。
 そう、先週末お世話になりまくった、あの喫茶店で軽くお昼を食べたら、大通りの終点にあった鳥居を見に行こうと思っているのだ。その先に神社があるのなら、お詣りもしようと思っている。神社や寺院の好きな友だちに、お土産話が増えるから。
 それはそれとして、前回はどうやってあの喫茶店に辿り着いたのだったか。確か、コンビニの角を曲がって……。ああ、あった。方向音痴ではあるが、地図を読んだり描いたりするのが壊滅的に苦手なだけで、目印から行くのはなんとかできるのだ。
「いらっしゃいませー、……あ」
 流石に先週からの今週だったから、ウェイトレスさんにも覚えられていたようだ。
「先週は、ありがとうございました。今日は、ゆっくりお邪魔させてもらいたくて、また来ちゃいました」
 ペコリと頭を下げて、また一人なんですけど、と付け足す。
「ごゆっくりー」
 いつも通り荷物が大きかったからか、特に指定せずとも案内された四人用テーブル席の椅子の一つに荷物を下ろし、メニューをじっくりと眺める。
 誰か、絵心に堪能なスタッフさんがいるようで、手描きの料理でもとても見やすい。いやもう、これは羨ましい。この技能は、私も欲しい。
 ……いやいや、何を脱線しているのか、私。それより、お昼に食べる物を決めるべきだろう。
 無難にサンドイッチとカフェ・オ・レ、それと季節のケーキの欄にあった桜のケーキを注文してからも、メニューから目が離せない。ブラック珈琲を頼もうかとも思ったが、お子様味覚で無理をするのは駄目だろうと思った。
 そのうち挑戦できたらな、と、既に常連になる気で考える。飲食店の新規開拓はとても苦手で大体が友だち頼りだが、その分、いいなと思えば常連になるのが私のパターンだ。ここの喫茶店、喫茶店フォレスタは、雰囲気から居心地が良い。パニック時の朧げな記憶でも飲み物が駄目だった覚えはないので、あとは料理が口に合えば、お気に入り確定だろう。
 などと考えている間にも、じーっとメニューから顔を上げずにいたので、気が済んだ時には従業員さんを心配させていたらしい。カウンターの向こうから不安そうに見てくるのと、目が合ってしまった。
 確かあの従業員さんは、先週、救急箱を持ってきてくれたような。思わず、もう一度ペコリと腰を折る。
 そうこうしている間に料理が運ばれてきた。運んできてくれたのは、まだ明らかに学生さんっぽい……あれ? 少年? 少女?
 ありがとうございます、に続けて、写真を撮っても良いか訊ねる。すると学生さんは、ちょっと待ってな、と言って、一旦キッチンの方へ引き返して行った。間もなく許可が得られたので、鞄から、いつも荷物がかさばる原因その一である、ミラーレス一眼カメラを引っ張り出して、カシャリ。そしてスマホへ写真を転送。
 玉子とベーコン、レタスのサンドイッチは、しっかりとした、辛すぎない味が美味しくて、気がついたら目の前からなくなっていた。一人で来ていて良かった。美味しければ美味しいほど無言になると、前々からの指摘がある。この調子では、他に誰がいたとしても、会話には一切参加しなかっただろうことが予測される。
 カフェ・オ・レの薫りでほんわかとしていたら、今度は桜のケーキが登場した。勿論、写真を撮ることは忘れない。白のクリームと桜の葉で覆われたケーキに淡い紅色の花びらを模した飾りがひらひらと、アクセントに金箔がほんの少しだけ散っているのも風流だ。こんな凝った作りのケーキが、あのお値段⁉︎ と、思わずメニューを手に取る。これは、お店の経営が、大丈夫なのか。友だちにも紹介したい気持ちと、もう少し一人で楽しみたい思いが喧嘩を始める。いやしかし、今はこのケーキを味わう方が先だなと、すぐに考え直したが。
 桜のケーキは、白のクリームから予想された華やかさとは裏腹に、とても落ち着いた控えめな甘さが素晴らしかった。桜餅にも着想を得たのだろうか。至福のひとときなど、過ぎ去るのは一瞬。飲みかけのカフェ・オ・レだけが残るテーブルを、未練がましく見つめる。ミルクで和らげられても残った、わずかな渋みと苦みが、浮かれ模様の頭に少し効いた。
 店内をそっと見回すが、幸か不幸か、満席ではなさそうだ。今の状態なら、三十分くらい休憩していても、大丈夫だろうか?
 実は今日は羽織ではなく、袖口の窄まった上着を着物の上に羽織ってきている。袖が前に落ちないように引っ張るコードも持ってはいるが、家を出る時点で少しだけ肌寒かったのと、羽織よりもあちこちに引っ掛けない服装として選んだ。その時は深く考えての行動ではなかったが、おかげで今日は、絵も描けそうだ。
 いつも荷物がかさばる原因その二、固形水彩絵具セット。水筆に、葉書の大きさの水彩用紙。鞄から取り出して、私は私の世界に潜る。
 さっき撮った写真を見ながら、あの桜ケーキを描いてみるものの、やはりメニューの絵には遠く及ばない。勿論、絵柄の違いもあるけれど、基礎力が段違いなのだろうなと、四十分の格闘の末に結論づけた。私は趣味で描いているが、このメニューの主はしっかり勉強しながら描いているのだろう。
 最後にメニューと自分の絵を並べて写真を撮り、残ったカフェ・オ・レを一気に飲み干した。非常にお行儀が悪い。が、作業後はどうしても、とても喉が渇くのだ。
「メニューの絵、すごいですね」
 レジに来た、従業員のお兄さんに少しだけ語ってから、鳥居へと向かった。