18 エピローグ

 ぽかぽかとの当たる奥庭で、日向ひなたぼっこをする子どもたち。一際ひときわ立派な桜っぽい大樹は、今年も満開にほこっていた。
 俺は元人間で、他の猫たちや子どもたちみたいに器用に樹に登れないから、根元に座らせてもらっている。この地に根付く猫又ねこまたの一族を見守り続けてきた霊木は、近年なかなか花をかせなくなっていた、らしい。それが、俺が来てからは毎年のようにくものだから、俺のことがよっぽどお気に入りなんだろうって、本来、新参者には冠婚葬祭の時にしか許されないはずの奥庭への出入りが、俺には自由に許されていた。因みに、桜香おうこうや子どもたちは他所者ではないので、これまた普通に入り浸っている。
 そよ風が心地良く吹くのに目を細めていたら、甘い香りが鼻をかすめた。よく知ったようで、けれど少し違う香りに目を開けると、桜香おうこうのような姿をした誰かが、じっと俺をのぞき込んでいた。
 桜香おうこうを探そうと周りを見て、気付いた。時が、止まっている。子どもたち、花吹雪、全て不自然に動かない。
 誰かは、笑顔で俺を呼んだ。
にしき
 声まで桜香おうこうに似ていて、どこかが違う。俺は、自分の尻尾の毛が全力で逆立つのを感じながらも、努めて平静に応えた。
「えっと、どちら様でしょうか」
「おや? 折角、桜香おうこうの体を借りたのに、お主には私が分かるのか?」
 きっと、俺はひどい顔をしたのだろう。彼は、申し訳なさそうに言う。
「心配せずとも、直ぐに返してあげよう。ただ、これを渡したかったのでな」
 そっと手に乗せられたそれは、さくらんぼのように見えた。ずっしりとした重さに一瞬視線をうばわれ、慌ててもう一度顔を上げると、そこには驚いた顔の桜香おうこうがいた。
 桜香おうこうだけじゃない。何だか、時を取り戻した周りまで、ざわめいている。
にしき? その実は、まさか……御霊木の」
 妙に重いそれは、さくらんぼだけあって、二粒の対になっていた。とても、とても甘い香りがして、美味しそうだ。ただ、勝手に食べてしまっても良いものなのかが、桜香おうこうの態度からして、不安だった。
「もらったんだ」
 そうとしか言えないから、正直に告げる。
「二つあるし、一緒に食べないか?」
 さくらんぼを手に乗せたまま、桜香おうこうの方へ差し出す。すると何故か、桜香おうこうが片手で顔をおおって、天をあおいだ。周りも、何故か再び、静まり返っている。
「……えっと、まずかった、か?」
 張り詰めた静寂に耐えかねてたずねたのに、桜香おうこうはいきなり俺を抱きしめた。
「ああもう、にしきったら、こんなの勝てないに決まってるじゃないか」
 一緒に食べるお誘いは、伝統的な告白の方法で。しかも、霊木の前で、霊木の実を分け合うのは、オトギバナシくらいの伝説だなんて。そんなこと、俺が知るよしもない。
「良いよ、一緒に食べよう。そんでもって、ずっとずっと、一緒にいよう」
 桜香おうこうと一緒に食べたさくらんぼは、重くて、甘くて、
「よし、じゃあ、行こうか」
 味の余韻よいんに浸っていたら、桜香おうこうが俺を抱え上げた。
 あれ、おかしいな。抵抗しようにも、妙に体が熱くて、力も入らなくて……
「こんなにトロトロになっちゃうなんて、にしきったらエッチだね?」
「んぁ……っ⁉︎」
 あ、これ、ダメなやつ。発情期ヒートはもう少し先だったはずなのに、どうして。やっと疑問に思っても、発情してきた脳みそでは、思考はクルクルと空回り。
 のどを鳴らしながら、桜香おうこうすがりついた。だって、俺の体はもう、桜香おうこうじゃなきゃ、満足しない。
 目を閉じて、桜香おうこうの甘い香りにうっとりといしれた。

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