ぽかぽかと陽の当たる奥庭で、日向ぼっこをする子どもたち。一際立派な桜っぽい大樹は、今年も満開に咲き誇っていた。
俺は元人間で、他の猫たちや子どもたちみたいに器用に樹に登れないから、根元に座らせてもらっている。この地に根付く猫又の一族を見守り続けてきた霊木は、近年なかなか花を咲かせなくなっていた、らしい。それが、俺が来てからは毎年のように咲くものだから、俺のことがよっぽどお気に入りなんだろうって、本来、新参者には冠婚葬祭の時にしか許されないはずの奥庭への出入りが、俺には自由に許されていた。因みに、桜香や子どもたちは他所者ではないので、これまた普通に入り浸っている。
そよ風が心地良く吹くのに目を細めていたら、甘い香りが鼻を掠めた。よく知ったようで、けれど少し違う香りに目を開けると、桜香のような姿をした誰かが、じっと俺を覗き込んでいた。
桜香を探そうと周りを見て、気付いた。時が、止まっている。子どもたち、花吹雪、全て不自然に動かない。
誰かは、笑顔で俺を呼んだ。
「錦」
声まで桜香に似ていて、どこかが違う。俺は、自分の尻尾の毛が全力で逆立つのを感じながらも、努めて平静に応えた。
「えっと、どちら様でしょうか」
「おや? 折角、桜香の体を借りたのに、お主には私が分かるのか?」
きっと、俺は酷い顔をしたのだろう。彼は、申し訳なさそうに言う。
「心配せずとも、直ぐに返してあげよう。ただ、これを渡したかったのでな」
そっと手に乗せられたそれは、さくらんぼのように見えた。ずっしりとした重さに一瞬視線を奪われ、慌ててもう一度顔を上げると、そこには驚いた顔の桜香がいた。
桜香だけじゃない。何だか、時を取り戻した周りまで、騒めいている。
「錦? その実は、まさか……御霊木の」
妙に重いそれは、さくらんぼだけあって、二粒の対になっていた。とても、とても甘い香りがして、美味しそうだ。ただ、勝手に食べてしまっても良いものなのかが、桜香の態度からして、不安だった。
「もらったんだ」
そうとしか言えないから、正直に告げる。
「二つあるし、一緒に食べないか?」
さくらんぼを手に乗せたまま、桜香の方へ差し出す。すると何故か、桜香が片手で顔を覆って、天を仰いだ。周りも、何故か再び、静まり返っている。
「……えっと、まずかった、か?」
張り詰めた静寂に耐えかねて訊ねたのに、桜香はいきなり俺を抱きしめた。
「ああもう、錦ったら、こんなの勝てないに決まってるじゃないか」
一緒に食べるお誘いは、伝統的な告白の方法で。しかも、霊木の前で、霊木の実を分け合うのは、オトギバナシくらいの伝説だなんて。そんなこと、俺が知る由もない。
「良いよ、一緒に食べよう。そんでもって、ずっとずっと、一緒にいよう」
桜香と一緒に食べたさくらんぼは、重くて、甘くて、
「よし、じゃあ、行こうか」
味の余韻に浸っていたら、桜香が俺を抱え上げた。
あれ、おかしいな。抵抗しようにも、妙に体が熱くて、力も入らなくて……
「こんなにトロトロになっちゃうなんて、錦ったらエッチだね?」
「んぁ……っ⁉︎」
あ、これ、ダメなやつ。発情期はもう少し先だったはずなのに、どうして。やっと疑問に思っても、発情してきた脳みそでは、思考はクルクルと空回り。
喉を鳴らしながら、桜香に縋りついた。だって、俺の体はもう、桜香じゃなきゃ、満足しない。
目を閉じて、桜香の甘い香りにうっとりと酔いしれた。
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