猫又たちの世界には、俺の世界とは異なり、第二の性別があった。相手を孕ませるアルファ、世の中の大多数を占め、雄雌の括りに縛られるベータ。そして、定期的に発情期を迎え、仔を孕むオメガ。
アルファは総じて優秀、社会を引っ張っていく存在だけど、数は少ない。オメガはそれ以上に希少で、優秀な仔を産むことから、アルファに奪い合われるのだとか。
一般的には多数のベータやオメガを従え、侍らせたがるアルファだけど、その中に運命の番を求める変わり種がいて、桜香はその変わり種だったそうだ。満たされない想いを持て余して、世界中を放浪したけれどまだ駄目で、結局思い余って、縁のある日本まで飛び出してきたらしい。何たる行動力。
「運命の番はね、フェロモンの匂いで惹き合うんだ」
日本には当然、そんな第二の性なんてものはない。にも関わらず、去勢までされてボロボロで、当然フェロモンも出せないはずの桜香から甘い香りを感じた人間がいた。言うまでもなく、俺だ。
「錦からもね、甘い香りがするんだよ」
もう僕にしかわからないけどね、と、にやける桜香が続けて言うには、アルファが、発情期を迎えたオメガに中出ししながらその頸を噛めば、番契約が成立するらしい。すると、噛まれたオメガは噛んだアルファにしか反応しなくなるし、発情期中に出す発情フェロモンも、番にしか届かなくなるのだそうだ。
第二の性を持たない世界から来た俺をオメガに染め上げたのは、桜香のアルファの力。更に、猫又としても由緒正しき血筋を持つのを良いことに、猫の魂を分け与えて猫又の仲間入りをさせたのだと、言われた。
「三毛猫になったのは、ちょっと予想外だったけど」
この世界でも雄の三毛猫は珍しいそうで、希少なオメガであることも踏まえると、俺はとんでもなく珍しい存在なのだろう。元人間で、オメガで、雄の三毛猫の猫又。
……あまりの属性過多っぷりに、頭を抱えてしまった。
「どうあろうと、錦はもう、僕のモノだ」
毛繕いのつもりなのか、俺の耳をひたすら舐め回して、桜香はご満悦だ。俺の方はその愛撫にさえ感じてしまって、さっきから体がピクピクするのが抑えられないのに。
「今度こそ、やっと、手に入れた」
囁くように告げた桜香の声は、けれど、震えていた。それもそうか。異世界にまで飛び出して、散々人間に痛めつけられ、去勢までされて、やっとの思いで連れ帰った嫁を本気で抱いただけで心を閉ざされたことになるのか。しかも、朧げに残る記憶が正しければ、初産の時に俺、失血死しかけていたような気もする。体が冷えていった感覚を、覚えている。
うーん。俺の方も散々な目に遭ってると思うんだけど、何だか、お互い様のような気分になってきた。ちゃんと今は、大事だって言ってくれるし、桜香の正体を知る前でも、いなくなれば必死で探して異世界入りしてしまう程度には、俺も桜香のことを大事に思っていた。
「桜香」
呼びかけて、そっと彼の頭を撫でた。多分、こんなことになってから、初めてじゃなかろうか。俺から、桜香に触れるのは。
「全部やるよ。お前がいなきゃ、寂しくて仕方ない」
言ってしまってから、随分と熱烈な愛の言葉を囁いたのではないかと気付いた。
一気に顔に熱が上がり、思わずそっぽを向いてしまう。うう、桜香からの視線が、痛い。
「だっ、だから、……俺のこと、ちゃんと大事にしてくれよな!」
恥ずかしさのあまり、更に恥ずかしい台詞を口にしてしまい、完全に自爆した俺はグリグリと目の前にあった桜香の胸に顔を埋めた。正気な分、下手したら情事なんかよりもよっぽど恥ずかしい。
そして、そんな俺の行動が、桜香を煽らない訳がなかった。
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