16 郷に入って、郷に従う

 猫又ねこまたたちの世界には、俺の世界とは異なり、第二の性別があった。相手をはらませるアルファ、世の中の大多数を占め、雄雌おすめすくくりにしばられるベータ。そして、定期的に発情期ヒートむかえ、仔をはらむオメガ。
 アルファは総じて優秀、社会を引っ張っていく存在だけど、数は少ない。オメガはそれ以上に希少で、優秀な仔を産むことから、アルファにうばい合われるのだとか。
 一般的には多数のベータやオメガを従え、はべらせたがるアルファだけど、その中に運命のつがいを求める変わり種がいて、桜香おうこうはその変わり種だったそうだ。満たされない想いを持て余して、世界中を放浪したけれどまだ駄目で、結局思い余って、縁のある日本まで飛び出してきたらしい。何たる行動力。
「運命のつがいはね、フェロモンのにおいでき合うんだ」
 日本には当然、そんな第二の性なんてものはない。にも関わらず、去勢までされてボロボロで、当然フェロモンも出せないはずの桜香おうこうから甘い香りを感じた人間がいた。言うまでもなく、俺だ。
にしきからもね、甘い香りがするんだよ」
 もう僕にしかわからないけどね、と、にやける桜香おうこうが続けて言うには、アルファが、発情期ヒートを迎えたオメガに中出ししながらそのうなじめば、つがい契約が成立するらしい。すると、まれたオメガはんだアルファにしか反応しなくなるし、発情期ヒート中に出す発情フェロモンも、つがいにしか届かなくなるのだそうだ。
 第二の性を持たない世界から来た俺をオメガに染め上げたのは、桜香おうこうのアルファの力。更に、猫又ねこまたとしても由緒正しき血筋を持つのを良いことに、猫の魂を分け与えて猫又ねこまたの仲間入りをさせたのだと、言われた。
「三毛猫になったのは、ちょっと予想外だったけど」
 この世界でもおすの三毛猫は珍しいそうで、希少なオメガであることも踏まえると、俺はとんでもなく珍しい存在なのだろう。元人間で、オメガで、おすの三毛猫の猫又ねこまた
 ……あまりの属性過多っぷりに、頭を抱えてしまった。
「どうあろうと、にしきはもう、僕のモノだ」
 毛繕けづくろいのつもりなのか、俺の耳をひたすらめ回して、桜香おうこうはご満悦だ。俺の方はその愛撫あいぶにさえ感じてしまって、さっきから体がピクピクするのがおさえられないのに。
「今度こそ、やっと、手に入れた」
 ささやくように告げた桜香おうこうの声は、けれど、ふるえていた。それもそうか。異世界にまで飛び出して、散々人間に痛めつけられ、去勢までされて、やっとの思いで連れ帰ったよめを本気で抱いただけで心を閉ざされたことになるのか。しかも、おぼろげに残る記憶が正しければ、初産の時に俺、失血死しかけていたような気もする。体が冷えていった感覚を、覚えている。
 うーん。俺の方も散々な目にってると思うんだけど、何だか、お互い様のような気分になってきた。ちゃんと今は、大事だって言ってくれるし、桜香おうこうの正体を知る前でも、いなくなれば必死で探して異世界入りしてしまう程度には、俺も桜香おうこうのことを大事に思っていた。
桜香おうこう
 呼びかけて、そっと彼の頭をでた。多分、こんなことになってから、初めてじゃなかろうか。俺から、桜香おうこうに触れるのは。
「全部やるよ。お前がいなきゃ、寂しくて仕方ない」
 言ってしまってから、随分と熱烈な愛の言葉をささやいたのではないかと気付いた。
 一気に顔に熱が上がり、思わずそっぽを向いてしまう。うう、桜香おうこうからの視線が、痛い。
「だっ、だから、……俺のこと、ちゃんと大事にしてくれよな!」
 恥ずかしさのあまり、更に恥ずかしい台詞せりふを口にしてしまい、完全に自爆した俺はグリグリと目の前にあった桜香おうこうの胸に顔を埋めた。正気な分、下手したら情事なんかよりもよっぽど恥ずかしい。
 そして、そんな俺の行動が、桜香おうこうあおらない訳がなかった。

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