15 夢よりも不思議な、現実

 ミューミューと、か細い鳴き声がする。体は冷たくて重くて、多分、しんの方がまだ寒い。でも、そんな俺を、必死に温めようとしてくれている存在を、確かに感じた。
 長く長く、現実逃避とうひをしていたけれど、結局は桜香おうこうほだされて戻ってきてしまった。きっと色々と覚悟しないといけないし、色々と説明を求めないと駄目だ。でないと、また自分で自分の心を折ってしまうかもしれないし。
 体を意識すると、やっぱり重い。でも、いつまでも寝ているわけにはいかない。
 そっと、まぶたを持ち上げる。満月の光が、見慣れた室内を明るく照らしていた。
 胸元に、二人の幼子おさなごがしがみついている。しがみついているどころかこれは、俺の乳を吸っている……? 二人とも、頭には猫耳がそびえ立ち、腰からは二又ふたまたの尻尾。
 猫又ねこまたの子だなぁ、と、今更な感想を抱いた。ついでに、体が重いのも、納得した。そりゃ、幼子おさなごでも二人乗ってりゃ、重い。
 じっと見守っていたら、目が合った。二対の水色が大きく見開かれる。異口同音に、幼子おさなごたちは俺を呼んだ。
「ママ……」
 そうか、俺が、ママか……。そうだろうと覚悟していても、常識がくだかれる感覚に一瞬遠い目をしてしまった。やっぱり、俺の子なのか。
 二人は俺の上から降りると、俺を引っ張り起こした。人間と猫、猫又ねこまたでは、成長の仕方が違うのだろう。乳飲み子でありながら、もう危なげなく動いているのだから。
白檀びゃくだん伽羅きゃら、そろそろママから降りて……」
 部屋に入ってきた猫の姿の桜香おうこうは、俺が座っているのを見て、動きを止めた。と、思ったら、次の瞬間には目の前にキジトラの(茶色に縞模様しまもようのある)毛皮があって、つまり俺は彼の前脚の中にがっちり抱き込まれていた。
 たちまち、甘い香りが俺をわせて、抵抗のすべうばう。うっとりとする俺に、更に追い討ちをかける、桜香おうこうの甘い声。
「もう逃がさないよ、僕のいとしいにしき
 キュンとしたのは胸なのか、うずいたはらなのか。頭の上、耳元でささやかれたその言葉と吹きかけられた吐息に、俺の体は容易たやすく甘イキした。背筋がピクピクとふるえ、尻尾と花芯、乳首がピンと立ち上がる。夢の中みたいに、こぷりとあふれ出す愛液。
「可愛いね、にしき。そんなにうれしかったんだ」
「ん……、ふうっ、あ、桜香おうこう、待ってくれ、子どもたちが、見て、ひうっ!」
 弱々しく抵抗する俺の頭を耳ごとわしゃわしゃとでながら、桜香おうこうは子どもたちに告げる。
「これからにしきを可愛がるから、邪魔するなよ」
 子どもたち二人は、顔を見合わせた、ようだった。
「わかった、遊んでくる」
 手に手をつないで部屋を出ていく二人の足取りはしっかりしているし、足音一つ、聞こえない。さすがは、猫である。
「これで、満足かな?」
 片方の前脚で俺の頭の上に生えた猫耳を、もう片方では、同じく腰から生えていた尻尾をで下ろしながら、桜香おうこうが笑う。その慣れない感覚に、俺の背筋はぞわぞわとおののいた。
「ふふ、健気だね」
 言われて、俺の尻尾が桜香おうこうの前脚に絡みついていることに気付いた。今までついてなかったものだから、どうやったら動かせるのか、ほどけるのか、わからない。途方に暮れて桜香おうこうを見上げると、金色の目が満足気に細められた。そこに映る俺の猫耳は、どうやら左右で色が違うように、見える。
「俺は、どうなった?」
 説明を求めたら、桜香おうこうは真面目な顔になった。
「聞く覚悟はあるんだ?」
 目を逸らさずにうなずく。今更かもしれないけれど、今更だからこそ、知りたかった。

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