誰かに呼ばれた気がして、首を傾げた。
「どうした? 佐藤」
同じ講義を取っている友人の懐かしい声が、懐かしい名前を呼んだ。
……懐かしい? どうして?
長い長い夢でも見ていたかのように、思考がふわふわとして、定まらない。
なんでもない、と首を振る。確か、皆で猫カフェに行く計画を話していた筈だった。それも、話によると保護猫カフェ。
決して、乗り気ではなかった。それは、どうしてだったっけ……
そう、まだ諦められなかった、から。
……何を?
講義室の窓の外では、ハラハラと桜が散っている。何故か、そのことに漠然とした不安を感じた。
何かがおかしい。
遠くから、猫の鳴き声が聞こえる。胸を締め付けるような声で、泣いている……。
「見つけた」
不意に講義室の扉が音を立てて開かれ、見たことのない青年が真っ直ぐに俺の元に来て、腕を掴んだ。咄嗟に振り払えなかったのは、その金色の目があまりに強い光を宿していたのと、甘い香りがしたから。
嗚呼、この香りが、俺を狂わせた。
「誰だ、あんた?」
言葉を失った俺を庇うように、友人がもっともな問いかけを投げる。けれど俺は、その答えを聞きたくなかった。だって、聞いてしまったら、今度こそ、俺は。
血の気が引いて、ガタガタとみっともなく震える俺。強がる余裕あるも、既にない。
俺の日常を引っくり返し続けてきた彼は、そんな俺に、口角を引き上げて見せた。
「僕は、桜香」
女性たちから王子ともてはやされそうな、甘い笑顔に甘い声。
忘れようと、したのに。どうして。
「ずっと、錦を探してたんだ」
背後からぐいっと顎を掴まれ、無理な姿勢で強引に口付けられる。あまりの暴挙に抵抗したいのに、俺の体は熱を帯びて、視界に涙の膜が張った。
「んっ、んん! ぷはっ、あっ、や、やぁあ‼︎」
「可愛いんだよね。ほら、こんなに健気に応えてくれるんだよ」
桜香の手が、服の裾から胸を這い上がって乳首を摘まむ。何故か勃ち上がっていた胸の飾りは、俺の背筋をゾクゾクと震わせた。頸に桜香の舌が這う。腰まで震えて、カクリと力が抜けた。
「僕の唯一の最愛。運命の番。なのにさ、こんな所まで、逃げ出しちゃって」
桜香は見せつけるように、俺を乱す。嫌だ、こんな、見られてるのに、止まらない。
俺が発情するのが、止められない。
探してくれた。唯一だと、最愛だと言ってくれた。俺は、求められていた。
「こんなに反応が変わるんなら、もっと早くに気持ちを確かめ合えば良かったねぇ。錦だって、僕のこと、まんざらでもないのに何も言ってくれなかったものね?」
上は涙で、下は愛液で、大洪水だった。どうして男の尻穴がこんなに濡れるのかは分からなかったけれど、体はこんなにも本音に正直だ。つられてするりと出た言葉は、無意識に刺さっていた棘だったのだろう。
「報いを受けてもらうって、言ってたから。好きに思ったら、迷惑だろうなっていうのは、思ってた」
でも、寂しかった。乱されすぎて絶え絶えの息で続けたら、桜香に頸を噛まれた。そして後孔に感じる、彼の雄。
「可愛いね、錦。ごめんね」
何が、と思う間もなく、貫かれる。チカチカと瞬く視界が、ぼやけて消えた。
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