14 それは、夢だったのか

 誰かに呼ばれた気がして、首をかしげた。
「どうした? 佐藤」
 同じ講義を取っている友人の懐かしい声が、懐かしい名前を呼んだ。
 ……懐かしい? どうして?
 長い長い夢でも見ていたかのように、思考がふわふわとして、定まらない。
 なんでもない、と首を振る。確か、皆で猫カフェに行く計画を話していたはずだった。それも、話によると保護猫カフェ。
 決して、乗り気ではなかった。それは、どうしてだったっけ……
 そう、まだあきらめられなかった、から。
 ……何を?
 講義室の窓の外では、ハラハラと桜が散っている。何故か、そのことに漠然ばくぜんとした不安を感じた。
 何かがおかしい。
 遠くから、猫の鳴き声が聞こえる。胸を締め付けるような声で、泣いている……。
「見つけた」
 不意に講義室の扉が音を立てて開かれ、見たことのない青年が真っ直ぐに俺の元に来て、腕をつかんだ。咄嗟とっさに振り払えなかったのは、その金色の目があまりに強い光を宿していたのと、甘い香りがしたから。
 嗚呼ああ、この香りが、俺を狂わせた。
「誰だ、あんた?」
 言葉を失った俺をかばうように、友人がもっともな問いかけを投げる。けれど俺は、その答えを聞きたくなかった。だって、聞いてしまったら、今度こそ、俺は。
 血の気が引いて、ガタガタとみっともなく震える俺。強がる余裕あるも、既にない。
 俺の日常を引っくり返し続けてきた彼は、そんな俺に、口角を引き上げて見せた。
「僕は、桜香おうこう
 女性たちから王子ともてはやされそうな、甘い笑顔に甘い声。
 忘れようと、したのに。どうして。
「ずっと、にしきを探してたんだ」
 背後からぐいっとあごつかまれ、無理な姿勢で強引に口付けられる。あまりの暴挙に抵抗したいのに、俺の体は熱を帯びて、視界に涙の膜が張った。
「んっ、んん! ぷはっ、あっ、や、やぁあ‼︎」
「可愛いんだよね。ほら、こんなに健気にこたえてくれるんだよ」
 桜香おうこうの手が、服のすそから胸をい上がって乳首をまむ。何故かち上がっていた胸のかざりは、俺の背筋をゾクゾクとふるわせた。うなじ桜香おうこうの舌がう。腰までふるえて、カクリと力が抜けた。
「僕の唯一の最愛。運命のつがい。なのにさ、こんな所まで、逃げ出しちゃって」
 桜香おうこうは見せつけるように、俺を乱す。嫌だ、こんな、見られてるのに、止まらない。
 俺が発情するのが、止められない。
 探してくれた。唯一だと、最愛だと言ってくれた。俺は、求められていた。
「こんなに反応が変わるんなら、もっと早くに気持ちを確かめ合えば良かったねぇ。にしきだって、僕のこと、まんざらでもないのに何も言ってくれなかったものね?」
 上は涙で、下は愛液で、大洪水だった。どうして男の尻穴がこんなにれるのかは分からなかったけれど、体はこんなにも本音に正直だ。つられてするりと出た言葉は、無意識に刺さっていた棘だったのだろう。
「報いを受けてもらうって、言ってたから。好きに思ったら、迷惑だろうなっていうのは、思ってた」
 でも、寂しかった。乱されすぎて絶え絶えの息で続けたら、桜香おうこううなじまれた。そして後孔に感じる、彼の雄。
可愛かわいいね、にしき。ごめんね」
 何が、と思う間もなく、貫かれる。チカチカと瞬く視界が、ぼやけて消えた。

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