12 閉ざされていく、心

 心を閉ざして、理性も仕事を放棄ほうきして。そんな俺の反応がおかしいことに、桜香おうこうぐに気付いたようだった。
にしき?」
 名前が呼ばれたから、あえぎながらも目を向けた。向けた先の大きなキジトラの猫は、一瞬、その綺麗きれいな金色の瞳を見開いて、低いうなり声を出す。
にしきを、どこへやった?」
 不思議なことを言うものだ。にしきの心を壊しておきながら、その行方を求めるなんて。
 ゆるゆると首をかしげたら、その猫は青年の姿に変じた。やや浅黒い肌、黒い髪には金のメッシュが入り、キジトラの猫を擬人化したらこうなるのだろうかという安直な姿だ。
にしきを、どこへやった?」
 どうやら、日本語で言い直す為に、わざわざ人間の姿に化けてくれたらしい。俺がそのにしき、そのままなんだから、和猫語でも、言葉は通じているのに。
「答えてよ、人間」
「俺は、どこへも行ってないぞ?」
「嘘だ」
 こうも一瞬で断定されるなんて、猫には独自の感性でもあるのだろうか。
「やっと、やっと手に入れたと思ったんだ。僕の運命。確かにつがいにしたのに、香りがしない」
 やたらとロマンチックな単語がポンポンと飛び出している。なるほど、この猫も、相手が誰でも良かったわけじゃなかったみたいだ。
 思わず、鼻で笑ってしまった。
「何が可笑おかしいの、人間。僕に殺されたい?」
「殺せば良い。とっとと殺してくれよ」
 だって、一言も、俺じゃなきゃ駄目だったとか、口説かなかったのは、そっちだ。心はもう引きこもった。仮初かりそめの理性で返事をしているけれど、確かにそんな今の俺はにしきだとは言えないのかもしれない。で、そうなったら殺すってか。どこまで自分本位なんだと笑って、ああ猫ってそんな生き物だよなと、ストンと納得してしまった。
 首に手をかけられて、かすかに、甘い香りが鼻をかすめる。この猫のにおいだ。
 こいつが、俺を狂わせた。
 そのままめ殺されるかと思いきや、唐突に手は離れていった。困惑に揺れる猫の目が、初めて俺の手からえさを食べたときと一緒で、懐かしい。
「今すぐ殺すのは、早計な気がしてきた」
「ここまで狂わせておいて、責任も取れないとか、本当、お猫様だよなぁ」
 そんな猫に無意識でうっかりれ込んで、異世界まで追いかけた挙げ句の果てに、体だけとされたと思い込んで心を閉ざしてしまった俺も、救いようがない。
「責任? ちゃんとめとってよめにして、大事に抱いて、子どももできるように猫の魂も分けてあげたんだよ?」
「説明することも、口説くこともなく、無理矢理に、な。抱き人形にとされるには、心は邪魔だったのさ。俺としてはこのまま殺してくれた方が後腐れもなくて、」
「黙れ」
 怒気どきはらんだ声に従い、素直に口を閉ざす。
「ねえ、どうしたらにしきを取り戻せるの」
 黙れと言った先からこれかと、ただ肩をすくめて見せる。黙れって、言ったもんな。俺はそれに従ってるだけだ。
 きっと、この猫が俺をドロドロに甘やかして、心からの愛の言葉をささやき続ければ、いくら寂しがりで意地っ張りな俺でも、いずれはほだされて、再び心を開く。それが、一度でもれた弱みってやつだと思うから。
 しっかし、黙ってろってことなら、今の仮初かりそめの俺も、らないな? よし、俺も、心と一緒に引きこもるとするか。

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