ぐう、と、息を詰めた。そもそも、男同士で性行為をすることについて考えたことなんて、ない。
「錦」
桜香が化けたと思われる青年が、俺の名を呼ぶ。ご丁寧にも、餌を強請るのと同じ、上目遣いで。
「教えてくれないと、僕、わからないよ?」
ふわりと甘い香りが立ち上って、くらりと頭に霞がかかった。
「……突っ込むだけとか、ありえない。男女でやるのだって、先に体中可愛がって、濡れてきてから挿れるものだ。増して、男なんて勝手に濡れるわけがないんだから、濡らして慣らして抱かなきゃ、お互い痛いだけじゃないか」
訥々と、とんでもないことを答える自分の声が、遠く聞こえる。
「オメガなら、雄でも濡れるだろ?」
桜香の疑問は、俺には理解不能だった。
「オメガって、何だ?」
聞きなれない単語を訊ね返すと、桜香が息を呑んだ。
「そ……っか。そうだね。向こうには、なかったね。んー、でも、わざわざ説明するよりも、体で覚えたほうが早い気がするんだよね」
「体で、覚える?」
「僕が一つ、見落としていたのは悪かったよ。でも、それと人間同士の交尾とは話が別だからね。先に、そっちから解決しようじゃないか。濡らして慣らす……、いや、その前に、体中、可愛がる、だっけ?」
甘い香りに思考力を奪われていた俺は、素直に頷いた。
「そう。前戯って言うんだっけ? キスをしたり、胸をいじったり、するんだろう。人によっては、耳が弱かったりもするって聞いたことがある」
自分の言葉に恥ずかしくなってきて、どんどんと声が小さくなっていく。童貞には、十分に刺激の強い羞恥プレイだった。好きな相手ができたら、きっとそういうことをするんだろうなって思いながら、現実には右手が恋人。自分で自分を慰めるために、そんな手間はかけたことがない。
「前戯……ねえ。じゃあ、僕を可愛がってよ、錦。キスって、接吻のことだよね?」
桜香がぬっと顔を寄せてきたので、俺は思わずその分、仰け反った。
「いやだから俺もお前も男……んっ!」
強制的に後頭部を掴まれ、唇同士がぶつかった。目の前には、金色の瞳。お互いに目も伏せないなんて、色気も何もあったもんじゃない。
文句を言おうと口を動かしたら、結果として桜香の唇を喰むような感じになって、思った以上に柔らい唇の感触にドギマギとしてしまった。うっかり、ほんの出来心で、ちろりと舐めてみる。桜香の目尻が何となく朱色に染まったように見えて、更に気が大きくなった俺は、彼の唇を吸ってみた。瞳を揺らす様子が可愛くて、男同士もアリだなと、もっと大胆に口内に舌を押し込む。桜香の口の中は熱く、それ以上に甘く、ついつい貪るように頬の内側の粘膜を蹂躙し、逃げる舌を追いかけては絡ませ、彼にディープなキスを仕掛けてしまった。教えてしまった。
「……なるほど、キスは確かにキモチイイものだね」
どちらのものか分からなくなってしまった唾液が垂れているのを拭うこともできず、ゼーゼーと荒くなった息を整えながら強がる桜香は、とてもエロくて、腰にキた。
先に挑発してきたのは、桜香だ。そんな大義名分があったのも、悪かった。
「教えてやれば良いんだろう? 人間同士の、セックスってやつを」
完全にその気になってしまった俺は、後のことなど考えることもなく。
「今ならお前を可愛がれる気がするよ。よく勉強するんだな」
思いっきり黒歴史にしかならない悪役めいた台詞を吐きながら、思いっきり桜香を抱き潰してしまったと、思われる。
……実は、途中から記憶が飛んでいるんだな、これが。
『Cherry × Pussy』へ戻る