06 流され、黒歴史

 ぐう、と、息を詰めた。そもそも、男同士で性行為をすることについて考えたことなんて、ない。
にしき
 桜香おうこうが化けたと思われる青年が、俺の名を呼ぶ。ご丁寧ていねいにも、えさ強請ねだるのと同じ、上目遣いで。
「教えてくれないと、僕、わからないよ?」
 ふわりと甘い香りが立ち上って、くらりと頭にかすみがかかった。
「……突っ込むだけとか、ありえない。男女でやるのだって、先に体中可愛かわいがって、れてきてかられるものだ。増して、男なんて勝手にれるわけがないんだから、らして慣らして抱かなきゃ、お互い痛いだけじゃないか」
 訥々とつとつと、とんでもないことを答える自分の声が、遠く聞こえる。
「オメガなら、おすでもれるだろ?」
 桜香おうこうの疑問は、俺には理解不能だった。
「オメガって、何だ?」
 聞きなれない単語をたずね返すと、桜香おうこうが息を呑んだ。
「そ……っか。そうだね。向こうには、なかったね。んー、でも、わざわざ説明するよりも、体で覚えたほうが早い気がするんだよね」
「体で、覚える?」
「僕が一つ、見落としていたのは悪かったよ。でも、それと人間同士の交尾とは話が別だからね。先に、そっちから解決しようじゃないか。らして慣らす……、いや、その前に、体中、可愛かわいがる、だっけ?」
 甘い香りに思考力をうばわれていた俺は、素直にうなずいた。
「そう。前戯ぜんぎって言うんだっけ? キスをしたり、胸をいじったり、するんだろう。人によっては、耳が弱かったりもするって聞いたことがある」
 自分の言葉にずかしくなってきて、どんどんと声が小さくなっていく。童貞には、十分に刺激の強い羞恥しゅうちプレイだった。好きな相手ができたら、きっとそういうことをするんだろうなって思いながら、現実には右手が恋人。自分で自分をなぐさめるために、そんな手間はかけたことがない。
前戯ぜんぎ……ねえ。じゃあ、僕を可愛かわいがってよ、にしき。キスって、接吻せっぷんのことだよね?」
 桜香おうこうがぬっと顔を寄せてきたので、俺は思わずその分、った。
「いやだから俺もお前も男……んっ!」
 強制的に後頭部をつかまれ、唇同士がぶつかった。目の前には、金色の瞳。お互いに目も伏せないなんて、色気も何もあったもんじゃない。
 文句を言おうと口を動かしたら、結果として桜香おうこうの唇をむような感じになって、思った以上に柔らい唇の感触にドギマギとしてしまった。うっかり、ほんの出来心で、ちろりとめてみる。桜香おうこうの目尻が何となく朱色に染まったように見えて、更に気が大きくなった俺は、彼の唇を吸ってみた。瞳をらす様子が可愛かわいくて、男同士もアリだなと、もっと大胆に口内に舌をし込む。桜香おうこうの口の中は熱く、それ以上に甘く、ついついむさぼるようにほほの内側の粘膜ねんまく蹂躙じゅうりんし、逃げる舌を追いかけてはからませ、彼にディープなキスを仕掛けてしまった。教えてしまった。
「……なるほど、キスは確かにキモチイイものだね」
 どちらのものか分からなくなってしまった唾液が垂れているのをぬぐうこともできず、ゼーゼーと荒くなった息を整えながら強がる桜香おうこうは、とてもエロくて、腰にキた。
 先に挑発してきたのは、桜香おうこうだ。そんな大義名分があったのも、悪かった。
「教えてやれば良いんだろう? 人間同士の、セックスってやつを」
 完全にその気になってしまった俺は、後のことなど考えることもなく。
「今ならお前を可愛かわいがれる気がするよ。よく勉強するんだな」
 思いっきり黒歴史にしかならない悪役めいた台詞せりふを吐きながら、思いっきり桜香おうこうを抱きつぶしてしまったと、思われる。
 ……実は、途中から記憶が飛んでいるんだな、これが。

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