04 知らぬ間に、嫁入り

 ぬっと横からサバトラの(灰色に縞模様しまもようのある)猫が顔を出してきて、衆人環視しゅうじんかんしの……いや、衆猫環視の中でこうに骨抜きにされていたことに思い至った。顔が、とても、熱い。
 真っ赤になった俺に、サバトラの猫も鼻先を寄せようとして、やっぱりこう威嚇いかくらっていた。飼い始めた当初の、ものすごく警戒心の強かったこうに同じように威嚇いかくされていたことを、なつかしく思い出す。最近は甘えてくることの方が多かったから、久しぶりに見た。
 サバトラの猫はこうに向き直り、何事かを伝える。こうはそれに納得したのか、一旦いったんは俺から離れるかのように見えた。
 見えただけだった。
 ぐにパーカーのフードをくわえられ、首がまる。俺の情けないうめき声に頓着とんちゃくせず、こうは俺を屋敷やしきの更に奥へと引きずっていく。
 やがて放り込まれた部屋には、白の着物が散乱していた。混乱している間に大勢の猫獣人たちがやってきて、有無を言わさず俺の服を文字通り(爪でいて)ぎ取り、部屋の中でも特にきらびやかな着物を引っ掛け、巻き付けてきた。
 服をぎ取られた時に、俺をグルグル巻きにしていたなわもズタズタになったけれど、ついでに逃げ出そうという気概きがいまでがボロボロにされて、結局されるがままに着物のそでを通してしまい、部屋の外で待っていたらしいこうの前に押し出された。
 ゴロゴロとのどを鳴らす様子は甘えてくる時のいつものこうなのだけど、何せ大きさが俺と同じくらいなものだから、もし今までのように甘えて突進されたとしても、受け止めきれず、押したおされる未来しか見えない。
 幸いにもそんなことは起こらず、こうがエスコートするかのごとく俺に尻尾を巻き付け、歩き出した先にはいつの間にか紅い提灯ちょうちんが奥庭へと列を成していた。奥庭の最奥には桜のような樹が満開にほこっていて、根元にも枝の上にも、大勢の猫たち。
 提灯ちょうちんの光を反射してキラキラとかがやく猫たちの瞳は綺麗きれいなんだけれど、何故なぜか背筋がゾッとする。
 俺はこれから、どうされるというのだろう。
 ほこる樹の前まで俺を連れてきたこうは、俺に尻尾を巻き付けたまま、ほこらしげに鳴いた。その声は大きく、高らかに、長く。何かを宣誓せんせいしているかのよう。
 じっと、その横顔を見つめていたら、鳴き終えたこうがこちらを向いた。金色に光るの中に映る、白無垢しろむくを着ている俺。その俺は、俺らしくもないとろけた顔で、口角を引き上げる。
 ああそうか、この白い着物は、白無垢しろむくで。こうが、俺に望んでいるのは……
 こうからただよう香りが甘さを増した。とろり、思考が溶かされる。
 多分、先ほどこうの中に見たのと同じくらいとろけた顔で、俺は白無垢しろむくをはだけ、ただでさえオープンだった首筋を、さらに無防備にこうさらけ出した。
 こうが俺を望むのならば、われても……
 完全に魅了みりょうされた被食者の俺は、捕食者のこうが俺の首に顔を寄せ、舌でめ上げ、きばを立てるのを、恍惚こうこつと受けれた。痛みも、背筋がゾクゾクとするのも、こんなに気持ちイイことだと、どうして今まで知らなかったのか。
 ……あれ? オカシクないか?
 なけなしの理性がささやいた時には、もうおそかった。
「うむ、確かに見届けた。其方そなたのモノとしたからには、しっかりめ上げるのだぞ」
 一際ひときわ大きな体格の、茶色に縞模様しまもようを持つキジトラの猫の鳴き声が、そう言った。
「はい、父上」
 目を白黒とさせる俺の横で、こうこたえる。
にしきには、しっかりと報いを受けてもらいます」
 どうやら俺は、こうのモノになったらしい。しかも、彼を桜猫にしてしまった人間を代表して、何らかの報いを受けないといけないようだ。
 まれたうなじのジクジクとした痛みが、これが夢ではないことを告げていた。

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