ぬっと横からサバトラの(灰色に縞模様のある)猫が顔を出してきて、衆人環視の……いや、衆猫環視の中で香に骨抜きにされていたことに思い至った。顔が、とても、熱い。
真っ赤になった俺に、サバトラの猫も鼻先を寄せようとして、やっぱり香に威嚇を喰らっていた。飼い始めた当初の、ものすごく警戒心の強かった香に同じように威嚇されていたことを、懐かしく思い出す。最近は甘えてくることの方が多かったから、久しぶりに見た。
サバトラの猫は香に向き直り、何事かを伝える。香はそれに納得したのか、一旦は俺から離れるかのように見えた。
見えただけだった。
直ぐにパーカーのフードを咥えられ、首が絞まる。俺の情けない呻き声に頓着せず、香は俺を屋敷の更に奥へと引きずっていく。
やがて放り込まれた部屋には、白の着物が散乱していた。混乱している間に大勢の猫獣人たちがやってきて、有無を言わさず俺の服を文字通り(爪で裂いて)剥ぎ取り、部屋の中でも特に煌びやかな着物を引っ掛け、巻き付けてきた。
服を剥ぎ取られた時に、俺をグルグル巻きにしていた縄もズタズタになったけれど、ついでに逃げ出そうという気概までがボロボロにされて、結局されるがままに着物の袖を通してしまい、部屋の外で待っていたらしい香の前に押し出された。
ゴロゴロと喉を鳴らす様子は甘えてくる時のいつもの香なのだけど、何せ大きさが俺と同じくらいなものだから、もし今までのように甘えて突進されたとしても、受け止めきれず、押し倒される未来しか見えない。
幸いにもそんなことは起こらず、香がエスコートするかの如く俺に尻尾を巻き付け、歩き出した先にはいつの間にか紅い提灯が奥庭へと列を成していた。奥庭の最奥には桜のような樹が満開に咲き誇っていて、根元にも枝の上にも、大勢の猫たち。
提灯の光を反射してキラキラと輝く猫たちの瞳は綺麗なんだけれど、何故か背筋がゾッとする。
俺はこれから、どうされるというのだろう。
咲き誇る樹の前まで俺を連れてきた香は、俺に尻尾を巻き付けたまま、誇らしげに鳴いた。その声は大きく、高らかに、長く。何かを宣誓しているかのよう。
じっと、その横顔を見つめていたら、鳴き終えた香がこちらを向いた。金色に光る眼の中に映る、白無垢を着ている俺。その俺は、俺らしくもない蕩けた顔で、口角を引き上げる。
ああそうか、この白い着物は、白無垢で。香が、俺に望んでいるのは……
香から漂う香りが甘さを増した。とろり、思考が溶かされる。
多分、先ほど香の眼の中に見たのと同じくらい蕩けた顔で、俺は白無垢をはだけ、ただでさえオープンだった首筋を、更に無防備に香に曝け出した。
香が俺を望むのならば、喰われても……
完全に魅了された被食者の俺は、捕食者の香が俺の首に顔を寄せ、舌で舐め上げ、牙を立てるのを、恍惚と受け容れた。痛みも、背筋がゾクゾクとするのも、こんなに気持ちイイことだと、どうして今まで知らなかったのか。
……あれ? オカシクないか?
なけなしの理性が囁いた時には、もう遅かった。
「うむ、確かに見届けた。其方のモノとしたからには、しっかり染め上げるのだぞ」
一際大きな体格の、茶色に縞模様を持つキジトラの猫の鳴き声が、そう言った。
「はい、父上」
目を白黒とさせる俺の横で、香も応える。
「錦には、しっかりと報いを受けてもらいます」
どうやら俺は、香のモノになったらしい。しかも、彼を桜猫にしてしまった人間を代表して、何らかの報いを受けないといけないようだ。
噛まれた頸のジクジクとした痛みが、これが夢ではないことを告げていた。
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