これでもかというくらい、グルグル巻きに縛られて、連れてこられた場所は確かに屋敷と呼ぶに相応しい、和風の豪邸だった。グルリと俺を取り囲む、人間大の、猫、猫、猫。剣呑な光を宿した何対もの目に射抜かれ、文句を言うこともできない。
俺をこの場所に連れてきた白猫の猫獣人も、どこかの門を潜ったときに完全な猫の姿になり、そこからは言葉すら猫の鳴き声にしか聞こえず、分からなくなった。
猫の鳴き声なんて、俺には理解できない。ああ、理解できれば、どれだけ良かったか。香の言っていること、知りたかった。
鳴き交わされる声からは、明らかに会話している空気があったけれど、俺だけ一人、蚊帳の外。怖いし腹も立つけれど、だからと言って取り乱してはそれこそ相手の思う壺、みっともないことだと俺のちっぽけな矜持が囁くので、気にしない振りで堂々と前だけを見ている。
ふと、甘い香りが強まった気がした。ゆっくりと、瞬きを一つ。
一際体格の大きな、茶色に縞模様の入った(いわゆるキジトラの)猫が、ゆったりとした足取りで奥から歩いてきた。その背後に何匹か続いて、キジトラやサバトラの(灰色に縞模様の入った)猫たちが他の猫を退け、寄ってくる。そのうち一匹だけが桜猫(耳の先がV字にカットされている猫)で、見覚えのある姿だった。
香、だ。
ホッとして、腰が抜けた。香が、無事でいてくれた。この訳の分からない異世界であっても、いや、この猫だらけの世界だからこそ、香が惨めな目に遭うことはないと思いたかった。
実際のところは分からない。香は桜猫だ。右耳の先を、桜の花弁のようにVの字にカットされた猫。人間の都合で去勢された、雄の野良猫に与えられるのが右の桜耳。更には俺に飼育され、人間の臭いもついてしまっているだろう。それが野生で生きていくのに大きなデメリットになるだろうことは、嫌でも想像がついた。
腰が抜けてへたりこんでいる俺に、一番大きなキジトラの猫が鼻先を寄せてくる。それを、香が威嚇した。
一気に緊迫する空気。良くない状況であることは、俺でも察せられた。
「や、やめろよ、香」
けれども、何も分からずに声を上げたことは事態を悪化させたらしい。今度は俺に、殺気が集中した。今までの人生でそんなもの感じたことはないけれど、きっとこれはそうだ。息ができない。頭から血の気が、ザッと音を立てながら、落ちていく。
それでも、俺を庇って香に何かあったら……
「俺なん、かを、庇、う、な。……こ、う」
一言ごとに、一息ごとに、圧力に重さが増す。最後まで言い切ってやったのは単に意地の問題で、正直、暗くなっていく視界に、死を覚悟した。
意外なことに、それはいつまでも訪れなかった。
温かくてふかふかとした塊が胸元というか首元にぐりぐりと擦り付けられ、唐突に解放された呼吸で甘い香りを間近に感じ取る。ぶわりと膨れ上がる甘い香りに冒され、頭が煮え滾り、のぼせあがったのを、妙に冷静に知覚した。
ハッ、ハッと息が上がっているのは、さっきまで息ができなかったからだ。決して、断じて、この甘い香りに興奮しているからでは……
ゾロリ、ザラザラと滑る熱い塊が、俺の首元から耳までを舐め上げた。
「ひゃあぅっ⁉︎」
自分の声に自分で驚いて、一気に目が覚めた。な、何だったんだ、今のは。こんな甲高い声、俺の喉は出せたのか。
目を見開いた拍子に涙が零れ落ちて、ぼやけた視界いっぱいに映ったのは、金色に輝く香の眼。香はご機嫌で、俺に頭を擦り付けては、首や顔、耳を舐めてくる。俺はそれに、ひたすら身悶えるしかなかった。
どうして、なんで。俺の体、何かが変だ。香は親愛の行動しかしていない。なのに、それがとても、……エロくて気持ちいい、なんて。
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