あなたに無事に届きますように

 色とりどりの便箋や封筒を前に、もう一時間は悩んでいる。季節に合わせるならば、雪景色を連想させる淡青色など綺麗だろうか。いや、箔押しされた、この群青色の便箋だって美しい。煌く気持ちを表すならば、夕焼け色だって候補だろうなと思う。いっそ、雅に椿の柄を使っても、艶やかだ。
 きっと、やっとの思いで便箋と封筒を選んでも、次は下書きに時間が掛かるのだ。勢いに任せて最初から本書きするのも、親しい仲なら面白い。でも、お気に入りの便箋はやっぱり減っていくものだから、失敗したときに精神的ダメージが大きすぎる。筆記具の問題だってある。ボールペンやサインペンなら、多少筆が止まっていても大丈夫。けれど、ガラスペンや付けペンなど使っていたら、書くことに迷っている時間はない。インクが乾くのが目に見えているからね。
 ラメインクはあまり集めていなかったけれど、こうなるのならばもっと贅沢に買っていても良かった。ただでさえ、万年筆のインクは青系が多くて、なかなか好みの赤系の色には出会いにくいのだ。そこに金のラメが入っていれば、なんて思ったことも一度や二度ではないはずなのに、うっかり他の買い物に気を取られて買いそびれてしまっていたのは、本当にもったいない話だ。
 って、話が脱線している。インクの話も大事だけれど、それは便箋が決まってから組み合わせるときに悩めば良いのであって。便箋、便箋を選びたいのだ。なのに決まらない、決められない。
 もういいや、休憩ついでに脱線しよう。
 昨今はインターネットが発展して、ちょっとした用件ならばメールやメッセージアプリなどを通して直ぐにやり取りできるようになった。それはそれで、大層便利なのだけれど、だからこそ、たまに書く手紙がより一層愛おしく、特別に感じられるようになった。そもそもインターネットを通じて知り合った友だちも多くて、そうなるとお互いの住所も知らず、手紙が出せない場合も多々ある。そうなるとやっぱり手紙というものは贅沢なもので、そんなちょっとした贅沢の気分を反映して、便箋や筆記具にもこだわるようになったから、なおのこと手紙に特別感が漂うようになった。
 受取手がどう思っているかは、知らない。元々筆不精気味であり、手紙を出すことに楽しみを見出したのが最近の話なので、かつてのコピー用紙やノートの切れ端なお手紙を知っている知り合いがほとんどいないのだ。
 そうそう、友だちからの手紙は受け取るのも良い。先程も触れた通り、メールやメッセージアプリで大体の用事が事足りてしまう中、わざわざ手間をかけて作ってくれたのだと思うと、感謝の気持ちしかない。たまに、洒落た封がなされていたりすると、もう開けるのももったいないくらいだけれど、そこを耐えて開ける快感。最近は封筒の端をハサミで切り落とすことを覚えたので、封筒を前に悶えている時間はだいぶ短縮されたと思う。
 つらつらと思考が暴走するままに任せている間に、ふと目に留まったのはミルクティーを連想させる、淡い茶色の便箋。こんな便箋、持っていただろうか。最近、買ったものならば、逆に見た回数が少ないから、覚えていないのかもしれない。
 温かみを感じる便箋だ。とても、良い。
 となると、合わせる筆記具は、万年筆だろうか、ガラスペンだろうか。ラメインクを合わせるつもりはないし、ちょうどオールド・ローズというお気に入りのインクを入れた万年筆がそこにあるから、それで書こうか。いやいや、いっそ紅茶色のインクを探して、ガラスペンで書くのも味なものだ。その場合は、丁寧な下書きが必要になってくるけれども。
 んー、と首を捻ったのは少しの間で、手はオールド・ローズのインクが入った万年筆を、便箋の横に置いていた。
 さて、一番時間の掛かる便箋選びが終わったからには、二番目に時間の掛かる下書きが待っている。いや、今回はいっそ、心の赴くままに書くのも悪くない、かもしれない。起動していたメモアプリを終了し、改めて机の上に散らかしていた他の便箋や封筒を片付ける。
 下書きをしていたとしても、今回のようにそうでなくても、筆を執る瞬間はとても緊張する。掌にじんわりと汗が滲み、筆先が震えそうになる。
 グッと堪えて、先ずはあなたの名前を書こう。誤字がないことを三度確認して、そっと一息。
 時候の挨拶は、堅苦しすぎるだろうか。『温かい飲み物がますますありがたくなる今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。』うん、これくらいであれば、きっと大丈夫。『この度は、作品を手に取っていただき、誠にありがとうございました。』
 夢中になればなるほどに、筆はスラスラと進み、便箋は埋まっていく。結果、三枚に及ぶ手紙を書き終えて、締めの一文。『またお会いできる日が来ることを、楽しみにお待ちしています。』
 手紙を書くのは、すごく贅沢なことだ。時間はかかるし、緊張するし、便箋やら切手やらは、決して無料ではない。けれど、それでも。気持ちが溢れれば、つい、書きたくなってしまうものなのだ。
 この手紙は、無事にあなたに届くだろうか。あなたは、喜んでくれるだろうか?