想食種たちは安住したい

魔法の存在する世界で繰り広げられた、新種族にかかわる物語。

本文

始まりは異世界から

  • フラグを立てたなんて、思わなかった

     ああ、なんだか疲《つか》れたなぁ。枕元《まくらもと》で鳴り続ける目覚ましから逃《に》げたくて、頭から布団《ふとん》をかぶる。 一体、どこの誰《だれ》だよ。医者にでもなれば、皆《みんな》から感謝されるだろうって考えたの。 ……昔のオレだよ、…

  • 神隠しに遭うだなんて、思わなかった

     有給休暇は、消化しないといけないものらしい。取得を申請《しんせい》したら、医局秘書に泣いて喜ばれた。 そんな訳で、明日から久々の三連休である。一日は確実に寝潰《ねつぶ》すとしても、まだ二日間も休みがある。部屋の片隅《かたすみ》に山と置いて…

  • 人間をやめるだなんて、思わなかった

     ……腹が減った。腹と背中の皮がくっつくんじゃないかってくらい猛烈《もうれつ》に、腹が減っている。 言葉を出す気力もなくて、ヒュウと、か細い吐息だけが、口から漏《も》れた。次いで取り込んだナニカは、果たして空気だったのか。飢《う》えた体は嬉…

  • いきなり倒れるなんて、思わなかった

     どれだけ呆然《ぼうぜん》としていただろう。風にヒゲがそよいで、水の匂《にお》いに思考が戻ってきた。 そういえば、あれだけ飢餓感《きがかん》が凄《すさ》まじかったのに、口渇感《こうかつかん》はなかったんだよな。しかも、今は何を食べたわけでも…

  • 魔法が使えるだなんて、思わなかった

     オレが摂取《せっしゅ》していたのは、短く表すと、視界を玉虫色に染めているナニカ。もう少し詳しく言うならば……、世界に放出された、余剰《よじょう》な生体エネルギー。しかも、確実に、地球上にはないやつ。 オレが吸い込んだ玉虫色の空気は、色のな…

  • 思っていた以上に、オレの体は貧弱だ

     恐る恐る覗《のぞ》き込んだ鏡の中、非常に腰がひけた様子で見返してきたのは、やはり真っ白な毛皮の、リスのような小動物。ピンと立った大きな耳。フッサフサの尻尾《しっぽ》。大きくつぶらな黒い瞳。 かっこいいというよりも、愛らしい姿。成人男性だっ…

  • 思っていた以上に、夢の中は容赦ない

    「仁《じん》ってさ、想像以上にヘタレだよね」 真っ白な部屋、くるくるり、白衣の両ポケットに手を突っ込み、裾《すそ》を翻《ひるがえ》しながら、オレらしくない口調で嘲笑《あざわら》うオレ。明らかに、夢の中だ。「いきなりグリフォンに出くわすだなん…

  • 思っていた以上に、注目を浴びていた

     ゆさゆさと、何かに体を揺《ゆ》さぶられている。誰か、とは思わない。グルグルと、猫が喉《のど》を鳴らしているかのような音が、頭上から降ってきている。(ママー、まだ起きてくれない) ピィピィ、鳥の鳴き声に被《かぶ》せて、幼い少年のような思いが…

  • 思っていた以上に、自分の境遇が辛い

     大体、ちょっと疲れて有給休暇を取っただけなのに、どうしてオレは異世界に、こんな頼りない体で放り出されないといけなかったのだろう。現実逃避《げんじつとうひ》を願うのはそんなにダメなことだったのか。承認欲求《しょうにんよっきゅう》はそんなに悪…

  • 思っていた以上に、周りが構ってくる

     ゆさゆさと、体を揺《ゆ》さぶられていた。さっきも、そんなことがあった気がする。 でも、もう、目を覚ましたくはなかった。 鼻先に食事を差し出されている気がするけれど、それも食べたくない。そりゃ、生きる為には他の生物を糧《かて》にする必要があ…

  • やはり間違いなく、ファンタジー世界

     魔力と呼ばれるカラフルなモヤを取り込んで、体内で無色透明に戻したソレを、世界に還《かえ》す。濾《こ》し取られた生命力や感情が、オレの食事だ。 この世界はすごい。思いの力で、本当に魔法が……奇跡が起きる。けれど、その力は、どうやら諸刃の剣の…

  • やはり間違いなく、オレに役目がある

     せめて与えられた役割くらいは果たそうと、魔力を食べているけれど、食っても食っても腹が膨れた感じがしない。空腹感は少しずつ紛《まぎ》れてきた気もするけれど、まだまだ食べられると本能が訴《うった》えてくる。 まさか、一定食べ尽くすまで、オレの…

  • やはり間違いなく、周りの期待が重い

     何日も、いや何週間もかけて草原の余剰魔力《よじょうまりょく》を食べ、森の余剰魔力《よじょうまりょく》を食べ、山の余剰魔力《よじょうまりょく》を食べたところで、ここが小さな島だと知った。山の天辺《てっぺん》から見た景色は、見事に全面、海につ…

  • やはり間違いなく、オレの存在が鍵だ

     その日は突然にやってきた。浜辺で魔力を食べていたら、海の向こうからとても混濁《こんだく》したモヤが飛んできたのだ。玉虫色を通り越して濁《にご》り切った魔力に絡みつかれ、オレには見覚えのないグリフォンが、暴れ狂っていた。 なるほど、魔紋《ま…

  • やはり間違いなく、魔物は元に戻せる

     魔物と化したグリフォンは、相変わらず雷球やら風刃やらを吐き出しているが、それらはオレの周囲で元の魔力に戻り、そのままオレに吸収されている様子だ。 つまり、オレに魔法は効かない。えっ、何そのチートっぽい能力。 仔《こ》グリフォンの身の安全は…

  • 結局は異世界にて、魔物の希望となる

     朝陽《あさひ》の昇《のぼ》る頃《ころ》に、目が覚めた。目覚まし時計なんてないけれど、あまり夜更《よふ》かしすることがなくなってからは、こんなものだ。 寝ている間も環境浄化は進んでいるので、起きてからは魔物たちを元に戻す治療。既に幻獣たちの…

魔の島調査依頼の顛末

  • シロガネの竜騎士

     人力ではまず開かないであろう門を潜《くぐ》り抜《ぬ》け、獲物《えもの》を降ろした。 反対側の扉までの距離が煩《わずら》わしい、が、解体所が狭《せま》くては何の為の解体所なのか分かったものではない。大きな息を一つ。 扉を潜《くぐ》り抜《ぬ》…

  • ギルド長の依頼

    「魔の島の調査?」 思わずそのまま復唱してしまう程度には、厄介《やっかい》な依頼。「そう呼ぶ気持ちも解るけどな、『聖域』の異変の調査だ。リオニス」 恐らく、俺と同じくらい……いや、俺よりも深い皺《しわ》が刻まれた、ギルド長の眉間《みけん》。…

  • 噂と激情と

     正直、噂《うわさ》だけはあった。 高ランク、二つ名持ちの何でも屋ギルド構成員が、次々と姿を消している。姿を消さずとも、調子を崩《くず》している。 別に、高ランクだとか有名な奴等《やつら》に限ったことではないと思うけれどな。 害の低い魔物は…

  • 魔の島

     結局どうやって魔の島まで行ったのか……その道中、何も起こさなかったのかを含めて、覚《おぼ》えていない。 肝心な事は、俺がようやっと魔の島に辿《たど》り着いた事。 浜辺から睨《にら》む、おどろおどろしい森。周囲は不気味なほどの静けさを湛《た…

  • 不思議な小動物

     跳《は》ね起きる。激情に身を焼かれる。目に付くモノが敵にしか見えない。 けれど、実際に何かをする前に、気を失ってしまう。 何度、同じサイクルを繰り返しただろう。 気を失うことが、初めてではないと気付いたのは、いつだったか。森の奥に運び込ま…

  • 語られた背景と希望

     そもそも魔力が何か、なんて、普段気にしたこともない。生まれた時からそれは身の内にあり、消費したら火を出したり水を出したり、様々なことができる。何が得意か、については個人差があり、例えば俺は火の操作が得意で、だから火属性の持ち主と言われてき…

  • シルフィアナとの再会

     考え事をしていたら、背後に馴染《なじ》みの気配を感じた。そっと振り返れば、予想に違《たが》わず、魔紋《まもん》のだいぶ薄れた相方がいた。「……すまなかったな」 事情も知らず、裏切られたと思い込んだ。己も同じ状況になって、暴走したから分かる…

  • 魔人化から解放された後のこと

     流石《さすが》に数週間、消息不明だった後でギルドに顔を出したら、周り中に仰天《ぎょうてん》された。しかも、左手に仕込まれていた諸々《もろもろ》の生体認証システムまで消えていたものだから、既に死亡扱いされていたし、何なら身内での葬式《そうし…

落ちこぼれ生徒の独白

  • 苦手な授業

     歴史の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。休憩時間を挟めば、次は魔法実技。……僕が一番、苦手な授業だ。 運動着に着替える間も、気分がどんどん下降していく。魔法は好きだったのに、この授業が始まってから、素直に好きだと言えなくなってしまっ…

  • 魔竜の襲来

     ふと、魔力が動いた気がして、空を見上げた。「……ドラゴン? 違う、魔竜⁉︎」 僕の声で、先生含めて場が一気に静まり返る。ほぼ全員が空を見上げ……、次の瞬間、一気にパニックとなった。「おおお落ち着けぇ⁉︎ 校舎に避難《ひなん》っ!」 先生で…

  • 魔人化発作

     授業が全部終わって、寮に戻っても気が休まらない。 近頃は、眠りも浅いなと思っていたんだ。ちょうど今も、ズキズキとした痛みで目が覚めたところ。まだ陽《ひ》が昇《のぼ》るにも早い、真っ暗闇。 酷《ひど》く喉《のど》が渇《かわ》いていて、背中は…

  • 夢か、現か

     微睡《まどろみ》の中、誰かと誰かが会話しているのをぼんやりと聞いていた。(この子は、我慢《がまん》強いな。……我慢《がまん》強すぎて、心配だ)「ジンもそう思うか。全身こんなに腫《は》れているのに……、よくぞ正気を保っていたものだ。治りそう…

  • 疑問だらけ

     目が覚めたら、魔物に取り囲まれていた。……いや、魔物、なのかな? 魔紋《まもん》を持っているけれど、各々《おのおの》の瞳には理性の輝きが見える、気がする。それに本来、魔物は群れないとも習ったのに。 ……魔物に取り囲まれて、それ以上何もされ…

  • 想定外の彼

     一つ、世の中には余剰魔力《よじょうまりょく》というのが増えていて、それが魔物化の原因。 一つ、ジンさん(白い小動物さん)は、その余剰魔力《よじょうまりょく》が主な餌《えさ》。 一つ、魔物になりかけていても、ジンさんに治療してもらえれば、治…

  • 『想食種』

    「……し、白くなったな?」 週末になって聖域にやってきたリオニス君は、僕の真っ白な髪を見て、びっくりした。「うん、ジンさんとお揃《そろ》い」「お揃《そろ》い?」「大丈夫だよ。食べちゃダメなものは、ちゃんと教えてもらってるから」 流石、優等生…

  • その後の話

    「相変わらず、ここの空気は綺麗《きれい》だな」 聖域に転移魔法でやってきたリオニス君は、いつものように深呼吸をして、こう言った。 あれからもう十年以上。彼は学校を卒業すると、再び何でも屋ギルドに登録した。以前も二つ名をもらうほどに優秀だった…