絡繰異聞・初版

絡繰異聞・前日譚(初版)

絡繰仕掛けの人形たち。かつては人間だった彼等の物語。

堕天使

アルビノの少年は空を望んだ。

  • 今までの日常

     大きな音と共に、大きな影が走って、頭の上から強い風が押さえつけてきた。思わず、まとっている布が飛んでいかないように、ぎゅっとした。これがなくなると、身体がピリピリするし、ブクブクの元にもなるから、手放すわけにはいかない。 上を見たら、大き…

  • 不穏な空気

     今日はキラキラ、あまりお金にならなかった。このお金だと、シオンのお薬、三回分にしかならないや。 シオン、ゼーゼーしてるから、もっとお薬がほしいのにな。「飛行場周囲のスラム、スクラップ場に棲むアルビノの双子、璃音とは君のことかね?」 変な格…

  • とんでもない場所

     布にくるまれ、ほぼ目隠し状態でレンコーされて、遠く遠く、来てしまった。もう、上が暗いのか暗くないのかもわからず、いつものようにシオンの待つ家へ帰られる気がしなくて、身体がふるりとした。 ……シオンは、ちゃんとお薬をもらえたのだろうか。もう…

  • アマネにぃ

    「僕は幸崎天音。天音って呼んでくれたら良いよ」 イヤなニンマリをするオニーサンは、アマネというらしい。今はニンマリじゃなくて、カケルにぃみたいにニコニコしている。「さあ、呼んでごらん? 天音って」「……アマネにぃ?」「んーっ、璃音みたいにカ…

  • 幸崎天音と自分

     連行されてから、結構な日月が過ぎてしまった。詩音の無事は、知れない。 あまりにも自分が詩音のことを考えすぎるので、天音にぃが休日に家まで付き添ってくれたことがある。結果、家は盛大に荒らされており、詩音も行方不明になっていた。 せめてカケル…

  • 実験の足音

     幸崎天音が、ニンマリと笑っている。「そろそろ、璃音の実験の話をしよう」 もう、実験の内容は、他の被験者で何度も見てきた。人間を機械人形に変える実験だ。 実験が成功しようがしまいが、自分は詩音の元には帰られなかっただろう。そんな、実験。 幸…

  • 堕天使の素体

     天音にぃは、キレイなものが好きだと思う。 目の前に佇む、未来の自分の素体を見て思う。 鏡で見ている自分の面影はある。けれどそれ以上に目の前のこの人形は端正に整った顔立ちをしていて、果たして自分が後にこの顔になるのかと思うと、背筋がむず痒く…

  • 順調ではない実験

     くらっと、目が回った。いわゆる立ちくらみというやつだ。 実験の経過で避けては通れない有害事象だと、知っている。立ちくらみの頻度が増えて、記憶が曖昧になって、身体が動かせなくなって、永の眠りについたのかと思えば、何故か素体の中ですっきりと目…

  • 翼の覚醒

     気がついたら、宙を漂っていた。眼下では天音にぃが、動かなくなったかつての自分を抱きかかえて泣き喚いている、気がする。でも、音は聞こえない。 これは、噂に聞く、幽体離脱とやらだろうか。 まあ、せっかくの体験だし、このまま少しだけ、空を飛ばせ…

  • 堕天使

    「バカバカ、この大馬鹿っ!」 天音にぃはご立腹だ。飛行実験と飛行訓練の後、何故か天音にぃの自室に呼び出されたから、何事かと思った。 ご立腹そうな天音にぃだけど、普段なら怖いけれど、今は全然怖くない。部屋に入るなり抱き締められてのお言葉じゃ、…

創造主

マッドサイエンティストは友だちを望んだ。

  • 追憶の始まり

     この研究を始めた頃は、まさかこんな事態になろうとは予測もしていなかったなぁ、と、爆発音と共に時折揺れる研究所の中で思う。 身体はもう殆ど動かないし、思考も霧がかかったようにぼんやりとしてきて、だから研究所の崩壊する中でも、こんなに暢気に考…

  • 日常の崩壊

    「……ふうん、一ヶ月ねぇ」 思わず、口から漏れ出ていた。そろそろ粛正される頃合いかな、とは思っていたけれど。 僕の元々の研究動機を璃音が満たしてくれたおかげで、やっと改めて今までの我が身を振り返る余裕ができたんだけれど、まあヤバかった。皆に…

  • 偽りの仮面

     振り返るのには、多大な気力を要した。言葉を捻り出すのには、全身全霊を掛けた。「璃音。君は、行かないの?」 僕の瑠璃色の堕天使は、一瞬振り返って入れ違いに出て行った助手たちの背中を見たけれど、そのまま僕に向き直って首を横に振った。「本当に見…

  • 転換点

     曰く、素直じゃないのも大概にしろだとか。曰く、肝心なときに大人ぶるとか最低だとか。 結構グサグサと僕の心を滅多刺しにしてきた璃音はようやく落ち着きを見せ始めた、と思いきや。「天音にぃがいなくなったら、誰が自分の面倒を見てくれるんだ? これ…

  • 研究動機

     まあ、こうなることは、予想の範疇内ではあった。あったんだけど、思わずため息が出てしまった。「これじゃあ僕、若返るしかないな。骨格なんて、璃音とどっこいどっこいのしか作れそうにないや」 何の話かというと、材料の話である。搬出しか許されない物…

  • 今後を思う

     特に自分自身に能力なんて望んだことがなかったし、材料のこともあるし、特にオプションもなくオーソドックスな造りの素体にしようかと考えていたのだけれど、ふと、前提条件が間違っていたことに気付いたのが、さっき。 この研究所が続く前提だった。それ…

  • ブラックボックス

     そんなこんなを経て、なんとか素体が完成しそうです、わーぱちぱち。 璃音と並べることを考えながら作ったせいか、本来似せるはずだった、僕が若かったときの写真の僕よりも可愛くなっちゃったけどね! 璃音がカワイイのが悪い。てか、僕が若い頃から生意…

  • のぞんだ結末

     爆発音がして、また壁が震えた。 本当、この一ヶ月は忙しかった。色んな意味で璃音の所為だけれど、かと言って璃音に会わない人生なんて恐ろしすぎて考えたくもないから、仕方ないかな。 璃音がいなければ、僕は未だに研究を続けていて、組織の粛正に遭う…

  • 訣別

     あれ、ここは何処だろう。璃音は、何処に行ったんだろう? 見渡す限り、瓦礫の山だ。スクラップになっている機械群に、見覚えがあるような、ないような。「璃音?」 呼んだ自分の声が幼い。なのに、不思議に思わない。 それもそうか、この身体は。僕が、…

  • 蛇足

     誰かが笑っていて、誰かが泣いていて、誰かが怒っていて、誰かが嘆いていた。 世界は壁一枚隔てた向こう側に在り、出来の悪い映画のようなソレを、偶に壁諸共、粉々に壊したくなる衝動があった。 ざざー、ざー。ほら、ノイズが走る。視界が歪む。音が割れ…

贄人形

廃棄人形は拾われ、自我を得た。

  • まるで水槽の中

     こぽ、こぽぽ。 気泡音を子守唄代わりに聞きながら、意識は微睡みよりも深く沈んでいる、自覚があった。 思考がまとまる気配もなく散り散りで、自身の置かれている状況すら把握できない。身体の感覚が酷くあやふやで、目を開いているのか、それとも閉じて…

  • 人形の生い立ち

     ……こういうのを、走馬灯とか言うのだったか。思い返すのにもあまり時間のかからない、短くて取るに足らない人生だった。 古くからの名門と名高き有楽部家の長子として生まれながら、双子の弟、光希の為だけに生かされていた。光希の為だけ、とは言うもの…

  • 拾われてから

     拾われてからの日々は、それまでとの違いに戸惑うことも多く、生まれて初めて色々と考えさせられた。 拾ってくれたのは、ちょっと色合いが派手で、ついでに顔立ちもとても整っていて、結構目を引く二人組だった。瑠璃色の髪に赤い瞳を持つ璃音。栗梅色の髪…

  • 受け入れられない

     嗚呼、何故、廃棄する前に処分してくれなかったのだろう。人形は、中途半端な自我に目覚めてしまった。 今になって、改めて処分されたのだと、そしてもう、命が潰えかけているのだと、知ってなお、受け入れられないのだと、かつての自分では、考えられなか…

  • 詩音との出会い

     耳元で気泡音が鳴っている。もう、目を開ける力も残っていないけれど、瞼の裏に映る光からして、簡易的な医療用培養槽に入れられているのだろう。それでもきっと、数時間の延命がやっとだろうと思えば、空しさを感じる。 そんな自分とは別に、天音と璃音を…

  • 人形の目にも涙

    「お疲れ様、璃音。まさか、本当に有楽部闇呪を消しにかかってくるとはね。なんて言うか、向こうも暇人だよね」 天音がニンマリとした、あまり気持ちの良くない笑顔で言った。 璃音は、不機嫌そうだ。「今は、奏音だ」「そうだったね。闇呪は廃棄されたから…

  • 人間卒業への第一歩

     そして天音は本当に、璃音を引き連れて自分の寝ている部屋に来た。「奏音。まだ生きてる?」 あんまりと言えばあんまりだけれど、聞きたいことはよく分かるので、さて本体は何処がまだ動くかなと考えた。詩音の助けを借りた今となっては、自分の身体を動か…

  • 未来への願いごと

     電子文字盤を接続してもらえたので、遣り取りが随分楽になった。元々、特定の病気の患者のために脳波を読み取るタイプの文字盤だったらしく、非常に動かしやすい。 一番言いたいことは先に天音の口を使って言ってしまったので、文字盤を介しての遣り取りは…

  • 新しく始める

     いつものように監視カメラを通して、自分の姿を眺めている。 一番懸念された、脳の機械への置換が記録的な早さで成功したため、ひとまず存在消滅の危機は過ぎ去ったらしい。だから後は義躯を作って、動かせられれば自分の完成だ。 天音兄さんが、とても、…

  • 穏やかな日々

     ふわふわり、今日も意識の欠片はネットを漂い、詩音の行方を捜しています。ご本人の存在はものすごく身近なんですけれど、本体の行方が厳重に隠されているのですよね。 別の欠片は、研究所周辺の監視カメラを巡回しています。一応、何か異常があると警報が…

絡繰異聞・本編(初版)

絡繰師と呼ばれた都市伝説が引き起こした騒動譚。

  • 『かくて騒ぎが持ち上がる』嵐の予感

     都市伝説がある。その名を、絡繰師。表舞台に姿を現さない、騒動の仕掛け人たち。 一人は騒動の火付け人、一人は夜空に紛れる暗躍者。一人は実在すら定かではない。 根も葉もない、とは言い難いが、尾ひれ背びれは山のよう。いくら火のないところに煙は立…

  • 『かくて騒ぎが持ち上がる』火付けと火消し

     絡繰師随一の問題児、騒動の火付け人、その名は天音。ひとたび表舞台に姿を現せば、それは天災の合図だと、世間は言う。 たった一人で巻き起こす破壊の数々。しかし、その派手な所業にもかかわらず、かの存在の姿を捉えた映像は滅多に世に出回らない。何故…

  • 『かくて騒ぎが持ち上がる』機械仕掛けの人形たち

     それは、狂った研究者の作品群、哀しき被害者たちの総称と言われている。 一人一人に何かしらの特技が付与された、機械仕掛けの人形たち。早々に粛正された研究者の作品は多くはなく、それぞれにコードネームが与えられている。 因みに天音と奏音に至って…

  • 『かくて騒ぎが持ち上がる』龍神警備会社

     奏音が天音のハッキングに成功し、瓦礫に埋もれる少し前。所変わって、龍神警備会社の社長室。 緑なす黒髪の美女が、警告音に眉をひそめた。 彼女の名は、龍神耀夜。龍神警備会社の社長にして、幾つもの会社を抱える龍神一族本家の、しかし妾腹の娘である…

  • 『かくて騒ぎが持ち上がる』ほんの序章に過ぎない

     ショッピングモールだったその場所は、今や半壊した瓦礫の山となっていた。あちらこちらで、人の泣く声が途絶えない。 自治体による救助隊は未だ到着しておらず、真理亜に呼び出された龍神警備会社の社員たちが慣れた手つきで救助の拠点を築き出すと、あっ…

  • 『かくて奏音は拒絶する』恐ろしい妄想

     奏音の本音からすれば、なるべく動きたくはなかった。身体のあちらこちらに負ったダメージは大きく、動かす度にエラーを伝えてくる。 後から天音と璃音に回収してもらおうと、休眠状態に入ろうとした矢先、人間たちに掘り起こされてしまった。 休眠状態に…

  • 『かくて奏音は拒絶する』無理は祟る

     ぼんやりとした様子だった少女が、見る見るうちに顔色を失っていく。彼女はバネ仕掛けの人形のように上体を起こし、ブンブンと首を振った。「だっ、大丈夫です!」 ただならぬ様子は、どうみても大丈夫とはほど遠い。「いや、あのな?」「大丈夫なんです!…

  • 『かくて奏音は拒絶する』自爆条件の穴

     場を沈黙が支配した。自爆とはまた、心穏やかならぬ単語が飛び出したものだ。 意識が強制シャットダウン状態の奏音は、気絶しているようにしか見えない。耀夜はこの少女をどうしたものかと、天を仰ぎたくなった。「手伝いましょうか」 真理亜がそう言いつ…

  • 『かくて奏音は拒絶する』耀夜の憂鬱

     奏音にとって幸いだったのは、システムダウンしていたのが自分の意識だけだったことだろう。人間偽装プラグラムが呼吸や脈、体温などの存在を演出し続け、その数値が落ち着いていたことから、ひとまず耀夜の屋敷の客間に寝かされている。 しかし、奏音の精…

  • 『かくて奏音は拒絶する』引き出された譲歩

     耀夜が屋敷の扉を開けた瞬間、使用人たちは揃って安堵の表情を浮かべた。「彼女は」「せめて汚れを落としてお着替えだけでも、と伝えたところ酷く怯えまして、今も部屋で抵抗しております」 客間に近付けば近付くだけ、オロオロとした様子の使用人が増えて…

  • 『かくて奏音は拒絶する』根深い断絶

     浴槽には十分に湯が張られていたが、万が一損傷部分から内部に湯が入ると大変なことになる。そのため、奏音は恐る恐る腕だけを湯桶に付けて大丈夫なことを確認すると、タオルをよく絞って身体を拭いていた。 損傷は上半身より下半身に酷く、腕は概ね動くが…

  • 『かくて耀夜は白華を構う』名乗らないなら名付ければ良い

     耀夜の前で車椅子に座る少女は、使用人たちが用意した白藍色のワンピースに身を包み、じっと動かない様子も相まって、まるで人形のようだった。亜麻色の髪はさらりとして長く、伏せがちな目は浅葱にも紺碧にも見える不思議な色。今までモデルにスカウトされ…

  • 『かくて耀夜は白華を構う』頼れないなら頼らせるまで

     消灯された部屋の中、白華と名付けられた少女が寝台に寝かせられた姿勢そのままに、ぼんやりと天井を眺めている。「白華……ですか」 ふと、その瞳が潤み、静かに雫が溢れ出す。「本当、不思議な人間ですね。そんなところまで、似なくても良いのに」 何を…

  • 『かくて耀夜は白華を構う』甘えなくとも甘やかす

     白華と少女を名付けたは良いものの、彼女は耀夜や周囲の与えようとするものをことごとく断ろうとしたため、結局耀夜に気の休まるときはなかった。 まず翌朝、新たな服への着替えを断ろうとした。勿論、それだと着せ替える側として面白くない、もとい不潔で…

  • 『かくて耀夜は白華を構う』ハッカーの白華

     そして案の定、騒動は起こった。耀夜の予想を斜め上に行く方向で。 携帯用の小さいものとはいえ、通信端末を手に入れた白華。耀夜に内緒で通信履歴を監視していた聖也によると、最初に行ったことはショッピングモール半壊事件のニュースの確認だった。その…

  • 『かくて耀夜は白華を構う』開かない扉はこじ開ける

     うっかりしていた、と白華が思ったのは、扉の外で物騒な音が聞こえるからだ。 白華にとって電子機器への侵入は、それこそ息をするよりもたやすいことなので、扉の鍵を見つけたときについつい、いつもの癖で閉めてしまったのだった。 通信端末が手元になけ…

  • 『かくて綻び始める』アンジェの告白

     耀夜の目の前で、見事に縮こまっている白華。一応、悪いことをしたという自覚はあるらしい。視線はきょときょとと揺れ、全く落ち着きがなかった。 背後に真理亜と聖也を連れた耀夜が大きく息を吐くと、びくりと肩を震わせる。白華はぎゅっと手を握り、耀夜…

  • 『かくて綻び始める』アンジェの仕事

     白華の提示したアンジェという名には、皆それぞれに聞き覚えがあった。「もしかして、破壊テロの書き込みをしたか?」 代表して耀夜が訊ねると、白華は渋々と頷く。「否定は、いたしません」「そうか。直ぐに駆け付けられなくて、済まなかったな」「いいえ…

  • 『かくて綻び始める』耀夜の懸念

     アンジェ、というハンドルネームとその後の告白が衝撃的すぎたため、何故扉を施錠したのかといった問題が吹き飛んでしまったと耀夜が気付いたのは、白華の部屋を去ってからだった。「アンジェ、があんなお嬢ちゃんだったなんて、ビックリっすね」 聖也など…

  • 『かくて綻び始める』奏音の決意

     流石にもっと何かあると思ったのに、と白華は途方に暮れる。 相手は人間。人間なのだ。そう自らに言い聞かせ続けないといけないくらい、耀夜の存在は白華の中で大きくなってきていた。 関わって欲しくなかったし、踏み込んで欲しくなかったし、今となって…

  • 『かくて都市伝説は現れる』狼煙は上がった

     その夜も聖也は、耀夜に頼まれたとおり、律儀にセキュリティシステムを監視していた。 だから一番最初に異変を察知したが、一番最初に頭を抱えることになった。『月の掌中の珠から呪われた子が堕ちた天使に迎えを請う』 いきなりブラックアウトした監視画…

  • 『かくて都市伝説は現れる』真理亜は走った

     真理亜が異変に気付いたのは、窓の外の気配がいつもとは異なるように感じられたからだ。 異変を嗅ぎつける感覚については真理亜は天賦の才をもっており、それ故に耀夜の専属警護の立場を得るに至っている。 その第六感が、真理亜に窓の外を確認するよう、…

  • 『かくて都市伝説は現れる』耀夜は誤認した

     耀夜は頭を搔き毟りたい気分だった。もしくはいっそ、馬鹿みたいに叫びたかった。 先程から、続々とトラブルの報告ばかりが寄せられてくる。しかも、通信がどこかからジャミングされている関係で、どれもこれも雑音が混じりすぎ、正確な内容が伝わってこな…

  • 『かくて都市伝説は現れる』仮説は暴走した

     耀夜は白華の部屋へ、走る。その頭の中で加速度的に、連鎖していく恐ろしい推測。 そう、それはただの仮説。 馬鹿馬鹿しい都市伝説が、本当に実在していたのであれば? 絡繰師。表舞台に姿を現さない、騒動の仕掛け人たち。一人は騒動の火付け人、一人は…

  • 『かくて都市伝説は現れる』璃音は舞降りた

     セキュリティシステムの掌握も、近辺の通信電波の掌握も完了した。この辺りの作業は奏音にとって、前菜のようなものに過ぎない。 璃音にも迎えを頼んだ。動きやすい服装に着替えた。部屋も勿論、片付けてある。 空から迎えに来る璃音の邪魔にならない服を…

  • 『かくて暴かれるのは』奏音の翻心

     人が部屋に駆け付ける足音を背に、奏音は意識して口角を吊り上げた。けれど、璃音の表情は悲しそうなまま。 それもその筈、奏音がにっこり穏やかに笑っているように見えるのは口元だけ。爛々と輝く目が、全てを裏切っている。「何を、何故。気に掛ける、必…

  • 『かくて暴かれるのは』白華の正体

     唐突に開いた扉に、耀夜と、咄嗟に倒れそうになった彼女を支えた真理亜が体勢を崩しながらも部屋に傾れ込む。 露台から手ぶらで飛び立つ、翼持つ長髪の子供の影。堕天使が飛び去った部屋には、あの見事な亜麻色の髪を持つ少女の姿はなく。 けれど、涅色の…

  • 『かくて暴かれるのは』唯一の例外

     セキュリティシステムの復活を確認した聖也が合流し、いつぞやの昼間と同じ面子が集うのは、所移して耀夜の書斎である。 机の上に散らばった書類を集め、軽く整えた部屋の主がちらりと横目で聖也がコンピューターに向かうのを見て、否定するように首を振る…

  • 『かくて暴かれるのは』風薫の来訪

    「関係は大いにありますが、私の能力故に頂いたわけではないのです」 語る白華の表情は憂いに沈み、視線はどこか遠くを見ているよう。「もし、私がハッキングが得意ではなかったとしても、きっと同じく、場所は頂いていたでしょう。逆に、ハッキングだけが得…

  • 『かくて暴かれるのは』幽霊の追手

    「面白いことに首を突っ込んでいるわね」 挨拶もそこそこに笑顔で言う、長い白髪に紅い瞳の女性。情報屋、風薫は、極端に色素の薄い少女だった。「あー、まあ、そうっすね」 対する聖也の歯切れは悪い。風薫に応援を頼んだ後に、事態は大きく動いてしまった…

  • 『かくて明らかになる』風薫の執念

     白華の泊まっていた部屋は綺麗に片付けられており、生活感に乏しかった。「本当にここに泊めていたんでしょうね」「今更嘘吐いてどうするっすか。疑うならクローゼット見てくださいよ。服入ってるっすよ」 後ろ手に縛られている聖也がふてくされたようにぼ…

  • 『かくて明らかになる』罠の中

     聖也が戻ってこないからと、耀夜の書斎ではアンジェの開く雑貨店の話に花が開いていた。聖也が抜ければ、その場にいるのは女性のみ。当たり障りのない内容ともなれば、話題は自ずと限られてくる。 そのうち、白華がどことなくそわそわとし始めた。璃音から…

  • 『かくて明らかになる』機械の躰

     それは、一見傷の治った、滑らかな皮膚。内出血の痕すらも無く。 けれどそれを一瞥した堕天使は、ますます悲痛な顔をして、奏音に懇願する。「頼むから、やめてくれ。奏音まで暴走したら、誰も天音にぃを止められないし、誰も詩音に届かない」「嫌ですっ!…

  • 『かくて明らかになる』絡繰子の業

     奏音が寝台に寝かされた後、罠から救出された堕天使は耀夜に頭を下げた。「改めて、奏音が世話になっている。自分は璃音。我々のことは、どう説明したら良いものか。絡繰子のことは、ご存知か?」「絡繰師のこと? 騒動の仕掛け人、夜空に紛れる暗躍者、存…

  • 『かくて歯車は集う』応急修理

     璃音の持ってきた部品でひとまずの応急修理を施され、奏音が意識を取り戻す。「お前、本当は奏音というのか」 開口一番、名前のことから切り出す耀夜に、奏音は困惑したように目を瞬かせた。「その名前は、大切な、いただきもので」「そうか。璃音がお前の…

  • 『かくて歯車は集う』メンテナンス

     感謝をされた方の耀夜は、朗らかに笑った。「助けになったのなら、それが私の救いだ。修理に設備が必要なら、奏音は帰るべきだな?」 頭を抱えていた奏音が、更に衝撃を受けた様子で耀夜を見上げる。璃音もまた、考え込むような素振りを見せた。「躰の方の…

  • 『かくて歯車は集う』風薫の謝罪

    「私の出したエラーに食い付けるのですから、相当な技術力は持っていると判断します。耀夜さまに忠実なところとか、何だかんだで誠実なところもポイント高いです」 一息に褒めきって、ただ、と奏音は続けた。「私が言うのもどうかとは思いますが、本人の防衛…

  • 『かくて歯車は集う』天音の迎え

     再度警戒度を上げた奏音に、風薫は切り込んだ。「シオンって、誰」 奏音は咄嗟に璃音の様子を確認した。まだ耀夜と話し込んでおり、風薫の問いは聞かれなかったようだ。「ご自身で調べれば如何でしょうか。情報屋なのでしょう?」「だから、知ってそうな人…

  • 『かくて歯車は集う』詩音の謎

    「救い出す、とはまた、穏やかじゃないな」 耀夜はそう言いつつも膝をつき、寝台に座る奏音と視線の高さを合わせようとする。真理亜に小突かれた聖也が慌てて室内にあった椅子を用意したので、礼の言葉と共に椅子に腰掛けた。 その間に奏音は、風薫の同席を…

  • 『かくて歯車は集う』禁忌の産物

     そして沈痛な面持ちの奏音は、室内の誰もが抱いた不穏な予感を裏切ることもできず、告げた。「それが、詩音です」 一拍おいて、先ずは風薫が反応する。「まさか、生体コンピューター!?」「ええっ、違法じゃないっすか!」 風薫と聖也は、コンピューター…

  • 『かくて地固まる』常識外れたち

     璃音が連れてきた天音は、本来の幸崎博士よりも若かった。等身大で作るには当時部品が足りていなかったというのが本人の弁である。「それに、璃音とお揃いに作れると思ったら、無理して大きくする必要なんかないかなって」 にこにこと笑いながら言う天音は…

  • 『かくて地固まる』プログラマーたち

     メンテナンスの順番としては、先ずは奏音が天音を軽く確認してバグがなければ奏音の修理と点検がその次。天音のバグの原因探しには時間がかかる可能性が高いのと、バグを起こしにくいプログラムで雰囲気を掴む方が良いだろうということで、天音の本格的なデ…

  • 『かくて地固まる』傍観者たち

    「詩音のこと、奏音から聞いたわよ。救い出して欲しいって、耀夜お姉さまに訴えていたわ」 風薫の言葉に、璃音は一瞬息を止めた。そうか、と漏れ出た吐息には様々な感情が乗りすぎて、逆に璃音の思いを隠していた。「それは、申し訳ないことをした。奏音には…

  • 『かくて地固まる』道化師たち

     次の沈黙を破ったのは、天音の笑い声だった。「風薫って名前だっけ、キミもなかなか言うねぇ。そんなコテンパンにされた璃音はボク、初めて見るかも!」 でもね、と続ける天音の表情は面白がっているようで、瞳は全く笑っていなかった。「そろそろ許したげ…

  • 『かくて機械屋の本領発揮』大改造

     全ての修理とメンテナンスが終わって奏音が目を覚ましたとき、作業開始から既に三ヶ月経っていたこともあり、絡繰師の存在はすっかり龍神警備会社の中に溶け込んでいた。ついでに、何故かちゃっかりと、情報屋、風薫の存在も。「大丈夫っすか。違和感は?」…

  • 『かくて機械屋の本領発揮』現状把握

     奏音の大改修に三ヶ月掛かったからには、天音の方も恐らくは同程度掛かるだろうというのが皆の一致した見解だった。「奏音ちゃんの時はプログラムの癖を把握するのに時間掛けたっすけど、天音の兄ちゃんの場合はバグを探さないといけないっすからね」 聖也…

  • 『かくて機械屋の本領発揮』進捗状況

     果たしてその三ヶ月後、奏音は精神的に疲労困憊していた。さっくり予定通りに終わったのは璃音のプログラムメンテナンスのみ。天音の義躯改造は細かい作業を要するし、デバッグは案の定難航するしで、根を詰めるような案件しかなかったためだ。 だが一方で…

  • 『かくて機械屋の本領発揮』休憩時間

     詩音が救出され、脱出するということは、世間的にはザイオンサーバーが陥落するのとほぼ同義だ。難攻不落の大容量ネットサーバーとして、一流のサービスのみを取り扱っている詩音。急に全ての仕事を停止すれば、社会に与える影響は計り知れない。 故に詩音…

  • 『かくて機械屋の本領発揮』最終確認

    「ボク、ふっかーつ!!」 再起動されて開口一番に叫んだ天音に向けられた視線は、半分が生温かいものであったが、残り半分は緊張を孕んでいた。最終動作確認の最中とあって、対象と同じようには盛り上がれない。「あー、奏音ちゃん、どうっすか」「今のとこ…

  • 『かくて月夜に騒ぎを起こす』真理亜は社長に物申す

     詩音の救出作戦が実行に移されたのは、月が煌々と輝く夜だった。 陽動は璃音と風薫が大半を務め、奏音、聖也、天音が施設の奥まで突入する。それぞれに龍神警備会社の社員が護衛としてついているが、耀夜と真理亜は現地には行かず、自宅に設けた本部で事の…

  • 『かくて月夜に騒ぎを起こす』耀夜は後悔していない

     それでも納得しかねる様子の真理亜に対し、それに、と一息置いてから告げる耀夜は、笑顔だった。「本当に駄目だと思ったら、真理亜ならもっと早くから全力で止めてくれるだろう? だから構わないのさ。真理亜は今、本当に私が後悔していないか確認したかっ…

  • 『かくて月夜に騒ぎを起こす』救出劇は折返し地点

     懸念されたセキュリティシステムは、強化された絡繰師と璃音に逢いたい詩音の前では無力だった。あまりにもあっさりと破られたそれに、出番のなかった聖也は生気の抜けた目をしている。「そりゃ、そうなるっすね。うちの大概なセキュリティシステムも秒殺し…

  • 『かくて月夜に騒ぎを起こす』憐れなる施設警備員

    「ふっふっふ、いよいよ私の出番ね!」 詩音の奪還成功を告げる通信から三十分後、警備員の動きが慌ただしくなったのを見て取った風薫はにんまりと笑った。 璃音を追っていた一団から、三分の二ほどが施設内に引き返そうとしている。その視線の先に飛び出し…

  • 『かくて月夜に騒ぎを起こす』救出劇は成功した

     龍神警備会社の社長邸にて、最終点呼が行われる。 詩音の救出に出掛けたメンバーは、総員無事。誰一人欠けることなく、詩音を連れ帰ってきた。 詩音については残念ながら体の衰弱が激しく、医療用培養槽から当面出られそうにないが、それでも囚われ続けて…

  • 『そして新たな日常へ』

     龍神警備会社に、新入社員が入った。 それ自体は、別に珍しいことではない。社長に拾われ、その人柄に惚れ込んで中途半端な時期に入社希望する人はこれまでにもいたし、そういう人材ほど何故か尖った方面に優秀なことが多いため、また社長が誰か拾ったのか…