穏やかな日々
ふわふわり、今日も意識の欠片はネットを漂い、詩音の行方を捜しています。ご本人の存在はものすごく身近なんですけれど、本体の行方が厳重に隠されているのですよね。 別の欠片は、研究所周辺の監視カメラを巡回しています。一応、何か異常があると警報が…
贄人形(初版)
新しく始める
いつものように監視カメラを通して、自分の姿を眺めている。 一番懸念された、脳の機械への置換が記録的な早さで成功したため、ひとまず存在消滅の危機は過ぎ去ったらしい。だから後は義躯を作って、動かせられれば自分の完成だ。 天音兄さんが、とても、…
贄人形(初版)
未来への願いごと
電子文字盤を接続してもらえたので、遣り取りが随分楽になった。元々、特定の病気の患者のために脳波を読み取るタイプの文字盤だったらしく、非常に動かしやすい。 一番言いたいことは先に天音の口を使って言ってしまったので、文字盤を介しての遣り取りは…
贄人形(初版)
人間卒業への第一歩
そして天音は本当に、璃音を引き連れて自分の寝ている部屋に来た。「奏音。まだ生きてる?」 あんまりと言えばあんまりだけれど、聞きたいことはよく分かるので、さて本体は何処がまだ動くかなと考えた。詩音の助けを借りた今となっては、自分の身体を動か…
贄人形(初版)
人形の目にも涙
「お疲れ様、璃音。まさか、本当に有楽部闇呪を消しにかかってくるとはね。なんて言うか、向こうも暇人だよね」 天音がニンマリとした、あまり気持ちの良くない笑顔で言った。 璃音は、不機嫌そうだ。「今は、奏音だ」「そうだったね。闇呪は廃棄されたから…
贄人形(初版)
詩音との出会い
耳元で気泡音が鳴っている。もう、目を開ける力も残っていないけれど、瞼の裏に映る光からして、簡易的な医療用培養槽に入れられているのだろう。それでもきっと、数時間の延命がやっとだろうと思えば、空しさを感じる。 そんな自分とは別に、天音と璃音を…
贄人形(初版)
受け入れられない
嗚呼、何故、廃棄する前に処分してくれなかったのだろう。人形は、中途半端な自我に目覚めてしまった。 今になって、改めて処分されたのだと、そしてもう、命が潰えかけているのだと、知ってなお、受け入れられないのだと、かつての自分では、考えられなか…
贄人形(初版)
拾われてから
拾われてからの日々は、それまでとの違いに戸惑うことも多く、生まれて初めて色々と考えさせられた。 拾ってくれたのは、ちょっと色合いが派手で、ついでに顔立ちもとても整っていて、結構目を引く二人組だった。瑠璃色の髪に赤い瞳を持つ璃音。栗梅色の髪…
贄人形(初版)
人形の生い立ち
……こういうのを、走馬灯とか言うのだったか。思い返すのにもあまり時間のかからない、短くて取るに足らない人生だった。 古くからの名門と名高き有楽部家の長子として生まれながら、双子の弟、光希の為だけに生かされていた。光希の為だけ、とは言うもの…
贄人形(初版)
まるで水槽の中
こぽ、こぽぽ。 気泡音を子守唄代わりに聞きながら、意識は微睡みよりも深く沈んでいる、自覚があった。 思考がまとまる気配もなく散り散りで、自身の置かれている状況すら把握できない。身体の感覚が酷くあやふやで、目を開いているのか、それとも閉じて…
贄人形(初版)